くらげ星 3/3

 

そのうち、くらげの父親が

仕事から帰って来た。

 

大学で研究をしている

というその人は、

 

くらげとは似つかない、

イカツイ顔つきをしていた。

 

くらげが私のことを話すと、

こちらをじろりと一瞥し、

 

一言「分かった」とだけ言った。

 

口数が少ないところは、

似ているかもしれない。

 

次男はまだ帰って来ていない。

 

ただし、それはいつものことらしく、

彼抜きで夕食を取ることになった。

 

大広間に集まり、

一つのテーブルを囲むように座る。

 

大勢での食事会にも使えそうな部屋で、

四人だけというのはいかにも寂しかった。

 

フキの煮つけと、白ご飯。

 

味噌汁、ポテトサラダ、

肉と野菜の炒め物。

 

いつも祖母が作るという夕食は、

そんな感じだった。

 

最後にその祖母がテーブルにつき、

 

まず父親が「いただきます」と言って

食べ始めた。

 

私も習って家では滅多にしない

両手を合わせての「いただきます」を言う。

 

テーブルには酒も置いてあった。

 

一升瓶で銘柄は読めないが、

焼酎の様だ。

 

ただし、父親はその酒に

手を付けようとしない。

 

そのうちに、ふと気がついた。

 

テーブルには五人分の料理が

置かれていた。

 

私は当初、

 

それは帰って来ていない

次男の分だと思っていたが、

 

そうではなかった。

 

祖母が一升瓶を持って、

一つ空のコップに注いだ。

 

その席には誰も座っていない。

 

「なあ聞いてぇな、おじいさん。

 

今日はこの子が友達を

連れてきよったんよ」

 

祖母は、誰も居ないはずの

空間に向かって話しかけていた。

 

まるでそこに誰か居るかのように。

 

おじいさんとは、

 

後ろの壁に掛かっている

白黒写真の内の誰かだろうか。

 

見えない誰かと楽しそうに喋る。

 

たまに相槌を打ったり、

笑ったり、

 

まるでパントマイムを

見ているかのようだった。

 

呆気に取られていると、

 

私の向かいに座っていた父親が、

呟く様にこう言った。

 

「・・・すまない。気にしなくていい。

あれは狂ってるんだ」

 

「うふ、うふ」と老婆が笑っている。

 

隣のくらげは黙々と、

箸と口を動かしていた。

 

私は何を言うことも出来ず、

白飯をわざと音を立ててかきこんだ。

 

夕食を食べ終わったのが

七時半ごろだった。

 

その頃には土砂降りだった雨は、

嘘のように止んでいた。

 

外に出ると、

ひやりとした風が吹いた。

 

車で送って行くという

父親の申し出を断って、

 

私は一人自転車で家路に着く。

 

「お爺ちゃんも、

雨の日に浮かぶくらげも、

 

おばあちゃんがよくお喋りする

いつもの人も、

 

僕には見えない。

 

だから僕は、

 

『おばあちゃんは狂ってないよ』

って言えないんだ」

 

それは、

私を見送るために一人、

 

門のところまで来ていた

くらげの別れ際の言葉だった。

 

「・・・もしかしたら、本当に

狂ってるのかもしれないから」

 

くらげはそう言った。

 

(でも、お前も同じくらげが

見えるんだろ)

 

喉まで出かかった言葉を、

私は辛うじて呑み込んだ。

 

『僕は病気だから』と以前、

彼自身が言っていたことを思い出す。

 

あの時、『あれは、狂ってるんだ』

と父親が言った時、

 

一体くらげはどう思ったのだろう。

 

家に向かって自転車を漕ぎながら、

私はそんなことばかりを考えていた。

 

地蔵橋を通り過ぎ、

北地区に入った時、

 

私は思わず自転車を止めて

振り返った。

 

一瞬、

何か見えた気がしたのだ。

 

振り向いた時にはもう消えていた。

 

私は、しばらくその場に

立ち尽くしていた。

 

それは光っていた。

 

白く。

淡く。

 

尻尾のようなひも状の何かが、

付いていたような。

 

あれは空に帰り損ねた、

くらげだろうか。

 

もしもそうだったとしたら、

私も少し狂ってきているのかもしれない。

 

しかし、それは思う程、

嫌な考えでは無かった。

 

くらげは良い奴だし、

雰囲気は最悪だったが、

 

おばあちゃんの夕飯自体は

とても美味しかった。

 

私は再び自転車を漕ぎ出す。

 

空を見上げると、

 

雲の切れ間から星が顔を

覗かせていた。

 

空に上ったくらげ達は、

それからどうするのだろうか。

 

私は想像してみる。

 

星になるんだったらいいな。

 

くらげ星。

 

くらげ座とか、

くらげ星雲とか。

 

その内の一つが

本当にあると知ったのは、

 

私がもう少し成長してからのことだが、

それはまた別の話だ。

 

(終)

シリーズ続編→みずがみさま 1/4

スポンサーリンク

あなたにオススメの記事


コメントを残す

CAPTCHA


スポンサーリンク
サブコンテンツ

月別の投稿表示

カレンダー

2024年10月
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  

【特集】過去の年間ランキング

(2022年1月~12月)に投稿した話の中で、閲覧数の多かったものを厳選して『20話』ピックアップ!
【特集】2022年・怖い話ランキング20
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
アクセスランキング

このページの先頭へ