黒服の人々 4/6

二礼二拍一礼は分かるのだが、

その前の榊の置き方だ。

 

何やら回転させているように見えたが、

距離があるのと、背中で隠れてしまうため、

よくわからない。

 

私の番が来るまでに、ちゃんと見て

覚えておかなければならない。

 

そう思い、玉串を納めている人の背中を

凝視していると、

 

ふと私の目に別の何かが映った。

 

棺の上に、小さな光る何かが浮かんでいる。

 

それは蛍の光のような、

小さな、淡く青い光の粒だった。

 

しかも、一つではなく複数だった。

 

何だろう。

 

焦点を合わそうとしても、

いかんせん祭壇まで遠く、

 

それが何であるかわからなかった。

 

祭壇には提灯があるが、それは少なくとも

提灯の光ではなかった。

 

風に遊ばれる風船のように揺れて、

浮き沈んでいる。

 

一体、あれはなんだろう。

 

ふと気が付くと、ほとんどの人が奉奠を終え、

次が自分の番だった。

 

まだ完全に動作を覚えたわけではないが、

今になって誰かに助けを求めるわけにもいかない。

 

仕方なく、ぶっつけ本番で臨むことになった。

 

祭壇に近づくにつれて、棺の上にある

淡い光がより鮮明になる。

 

斎主の前に進み出た時には、

それが何であるかはっきりと見て取れた。

 

それは小さな、ゴルフボールくらいの大きさの、

数匹のくらげだった。

 

その表面にちりちりと光の筋を浮かび上がらせ、

空中にふわふわと漂っている。

 

どうやら、ゆっくりと天井に向かっているらしい。

 

そのうち、一匹の新たなくらげが、

棺の中から顔を出した。

 

このくらげたちは棺の中から現れているのか。

 

あまりの光景に、私はしばらくの間、

我を忘れていた。

 

自分の前に榊が差し出されているのに気づき、

慌てて受け取る。

 

霊前に進むと、一匹一匹のくらげたちの表情が

より深く見て取れた。

 

薄暗い部屋の中、

 

それはとても幻想的であり、

たっぷり非現実的でもあり、

 

見惚れるには十分な光景だった。

 

これは何だろうという疑問さえ、

綺麗に消え去っていた。

 

ふと、くらげたちの動きが

変化したのに気が付いた。

 

天井へ向かっていたくらげの群れが

その動きを止め、再び棺の中へ

ゆっくりと落下していく。

 

そうして、最後のくらげが棺の中へと

消えていった次の瞬間、

 

玉串を持った私の手を、

誰かの手がふわりと包み込んだ。

 

その手は目には見えなかった。

 

しかし確かに、棺のある方向から

私の両手を優しく握っていた。

 

そうして、私の手を玉串諸共ゆっくりと

時計回りに回転させた。

 

葉をこちら側に、玉串の茎が棺に向くように。

 

目には見えない。

けれども、握られたから分かった。

 

その手は、小さく、しわだらけで、

ごつごつしていた。

 

そして、私はその手が誰の手かを

知っていた。

 

『彼女』は奉奠の動作が分からない私に

教えてくれたのだ。

 

不意に涙がこぼれた。

 

それは感情の動きよりも先に、

フライングして出て来たような涙だった。

 

玉串を置いてもしばらくの間、

その手は私の両手を握ったままだった。

 

このままでは涙も拭けない、

そう思った時、

 

ふっと手を包んでいた感触が消えた。

 

制服の袖で、ぐい、と涙を拭い、

棺に向かって、二礼、二拍手、一礼する。

 

ありがとうございます。

そう一言呟き、私は霊前を後にした。

 

目がにじんでいたせいか、

棺の中から浮かび上がるくらげたちは

二度と見えなかった。

 

席に戻る際に、親族の席に座っていた

くらげと目が合った。

 

涙の跡を見られないようにと目をそらすと、

向けた視線の先に次男が居た。

 

さすがに真面目な顔をしていたが、

どこか面白そうに私を見ていた。

 

その横には長男も座っていたのだが、

彼は軽く目を瞑り、彫像のように動かない。

 

三人が三人とも似ていない兄弟だった。

 

一般客の後、

最後に斎主が自ら玉串を霊前に置き、

玉串奉奠の儀は終わった。

 

その後、斎主が退出し、

喪主であるくらげの父親の短い挨拶があって、

葬儀は閉会となり、

 

出棺の準備のため、親族以外は別の部屋に

待機することになった。

 

しばらく待っていると、

大広間から、どん、どん、と

釘を打つ音がした。

 

次いで家の中から棺が運び出され、

門の外で待っていた霊柩車に乗せられた。

 

(続く)黒服の人々 5/6へ

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