くらげ星 2/3

 

二階は総じて子供部屋らしい。

 

階段を上って三つある部屋の内の

一番奥が長男。

 

真ん中が次男、

手前がくらげ。

 

兄貴たちの部屋を見せてくれと

頼んだら、

 

「僕はただでさえ嫌われて

いるから駄目だよ」

 

と言われた。

 

「そう言えばさ、

その二人の兄貴も見える人?」

 

くらげは首を横に振った。

 

「この家では、

僕とおばあちゃんだけだよ」

 

一階に下りて、

二人で各部屋を見て回る。

 

掛け軸や置物ばかりの部屋があったり、

雑巾掛けが大変そうな長い廊下があったり、

 

意外にもトイレが洋式だったり。

 

くらげはどことなくつまらなそうだったが、

 

私にとっては古くて広い屋敷内の探検は、

何だか心ときめくものがあった。

 

「ここがお風呂」

 

そうこうしているうちに、

今日のメインイベントがやって来た。

 

脱衣場から浴室を覗くと、

 

大人二人は入れそうな

ステンレス製の浴槽があった。

 

トイレの時と同じように、

五右衛門風呂なんかを想像していた私は、

 

その点では若干拍子抜けだった。

 

中にくらげが浮いているかと思えば、

そんなこともない。

 

そもそも水が入っていなかった。

 

まだ午後五時くらいだったので、

それも当然なのだが。

 

「何しゆうかね」

 

しわがれた声に、

私はその場で軽く飛び上がった。

 

驚いて振り向くと、

 

廊下にざるを抱えて腰の曲がった、

白髪の老婆が居た。

 

おばあちゃんとくらげが言う。

 

どうやらこの人が、

くらげの祖母らしい。

 

「どこ行ってたの?」

 

「そこらで、いつもの人と

話をしよったんよ」

 

老婆はそう言って、

視線を私の方に向けた。

 

「ああ。言ったでしょ。

今日は友達連れて来るって。

 

この人が、その友達」

 

どうも、と頭を下げると、

 

老婆は曲がった腰の先にある顔を、

私の顔の傍まで近づけてきた。

 

目を細めると、

 

周りにある無数のしわと

区別がつかなくなってしまう。

 

そのうち、

顔中のしわが一気に歪んだ。

 

笑ったのだった。

 

そうは見えなかったが「うふ、うふ」と、

嬉しそうな笑い声が聞こえた。

 

「風呂の中には何かおったかえ?」

 

いきなり問われて、

私は返答に詰まった。

 

何も答えられないでいると、

老婆はまた「うふ、うふ」と笑った。

 

「夕飯はここで食べていきんさい。

さっき山でフキを採ってきたけぇ」

 

「いや、あの・・・」

 

遠慮しますと言いかけると、

老婆は天井を指差して、

 

「夕雨が降ろうが。

止むまでここにおりんさい」

 

と言った。

 

夕雨。

 

夕立のことだろうか。

 

朝に天気予報は見たが、

今日は一日中晴れだったはずだ。

 

「さっきから、くらげ共が

沸いて出てきゆうけぇ。

 

じき、雨が降る」

 

思わず私はくらげの方を見た。

 

無言で『本当か?』と問いかけると、

くらげは無表情のまま首を横に傾げた。

 

『分からない』と言いたかったのだろう。

 

数分後。

 

私はくらげの部屋から、

窓越しに空を見上げていた。

 

雨が降っている。

 

くらげの祖母の言った通りだった。

 

長くは降らないということだったが、

 

土砂降りと言ってもいい程、

雨脚は強かった。

 

家に電話をして、

止むまでくらげの家にいることを伝えると、

 

『そう。迷惑にならんようにね』

 

とだけ返ってきた。

 

私の親は放任主義なので、

子供が何をしていようがあまり気にしない。

 

「雨の日になると、

街中がくらげで溢れるそうだよ。

 

プカプカ浮いて空に向かって

上って行くんだって。

 

まるで鯉が滝を登るみたいに」

 

イスに座って本を読んでいたくらげが、

そう呟くように言った。

 

「・・・マジで。

そんなの見えてるのか?」

 

すると、

くらげは首を横に振った。

 

「僕には見えないよ。

 

僕に見えるのは、

お風呂に水がある時だけだから」

 

私は窓の向こうの雨を見つめながら、

前から気になっていたことを訊いてみた。

 

「なあ、そもそもさ。

 

お前が風呂で見るくらげって、

どんな形をしてんだ?」

 

「普通のくらげだよ。

白くて、丸くて、尾っぽがあって。

 

・・・あ、

でも少し光ってるかも」

 

私は目を瞑り、

想像してみた。

 

無数のくらげが雨に逆らい、

空に登ってゆく様を。

 

その一つ一つが淡く発光している。

 

それは幻想的な光景だった。

 

再び目を開くとそこには、

 

暗くなった家の庭に雨が降っている

当たり前の景色があるだけだった。

 

(続く)くらげ星 3/3へ

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