くらげ星 1/3

 

私が子供だった頃、

 

『自称見えるヒト』である友人の家に、

初めて遊びに行った時のことだ。

 

当時、私は小学六年生で、

 

友人はその年に私と同じクラスに

転校して来た。

 

最初の印象は、

『暗くて面白みのないヤツ』で、

 

あまり話もしなかった。

 

とある出来事をきっかけに

仲良くなるのだが、

 

それはまた別の話。

 

季節は秋口。

 

学校が終わった後、

一端、家に鞄を置いてから、

 

私は待ち合わせ場所である、

 

街の中心に掛かる橋へと

自転車を漕いだ。

 

地蔵橋と呼ばれるその橋では、

 

先に着いていた友人が

私を待っていた。

 

欄干に手を掛けて、

川の流れをぼーっと見ている。

 

私のことに気づいていないようなので、

 

そっと自転車を止め、

足音を殺して近づいた。

 

「わっ」

 

後ろからその肩を掴んで揺する。

 

しかし、

期待していた反応はなかった。

 

声を上げたり、

びくりと震えもしない。

 

彼はゆっくりと振り返って、

私を見た。

 

「びっくりした」

 

「してねぇだろ」

 

彼はくらげ。

 

もちろん、あだ名である。

 

何でも幼少の頃、

 

自宅の風呂にくらげが浮いているのを

見た時から、

 

常人では見えないものが

見えるようになったのだとか。

 

私は今日の訪問のついでに、

それを確かめてみようと思っていた。

 

すなわち、彼の家の風呂に、

くらげは居るのか居ないのか。

 

私には見えるのか見えないのか、だ。

 

橋を渡って南へと、

並んで自転車を漕いだ。

 

私たちが住んでいた街には、

 

街全体をちょうど半分、

南北に分ける形で川が流れており、

 

私は北地区、

くらげは南地区の住人だった。

 

住宅街から少し離れた山の中腹に、

彼の家はあった。

 

大きな家だった。

 

家の周りを白い塀がぐるりと

取り囲んでいて、

 

木の門をくぐると、

 

砂利が敷き詰められた

広い庭が現れた。

 

その先のくらげの家は、

 

お屋敷と呼んでも何ら差し支えない、

縦より横に伸びた日本家屋だった。

 

木造の外観は、

 

長い年月の果てに

そうなったのだろう。

 

木の色と言うよりは、

黒ずんで墨の様に見えた。

 

異様と言えば、

異様に黒い家だった。

 

私が一瞬だけ中に入ることに

躊躇いを覚えたのは、

 

その外観のせいだったのだろうか。

 

「入らないの?」

 

見ると、

 

くらげが玄関の戸を開いたまま、

私の方を見ていた。

 

私は彼に促されて、

家の中に入った。

 

中は綺麗に掃除されていて、

 

外観から感じた不気味さは

影を潜めていた。

 

くらげが言うには、

 

現在この広い家に住んでいるのは、

たったの四人だという。

 

祖母と父親、

くらげの兄にあたる次男。

 

そして、くらげ。

 

くらげは三兄弟の末っ子。

 

母親が居ないことは知っていた。

 

くらげを生んだ直後に

亡くなったのだそうだが、

 

詳しい話は聞いていない。

 

長男は県外の大学生。

 

次男は高校で、

父親は仕事。

 

家には祖母が居るはずだ

とのことだったが、

 

その姿はどこにも見えなかった。

 

気配もない。

 

どこにいるのかと尋ねると、

 

この家のどこかには居るよ、

と返ってきた。

 

玄関から見て左側が、

家族の皆が食事をする大広間で、

 

右に行くと、

 

各個人の部屋に加えて

風呂やトイレがある、

 

と説明される。

 

二階へ続く階段を上ってすぐが、

彼にあてがわれた部屋だった。

 

くらげの部屋は、私の部屋の

二倍は軽くあった。

 

西の壁が丸々本棚になっていて、

 

部屋の隅に子供が使うには少し大きな

勉強机がひとつ置かれている。

 

「元々は、おじいちゃんの

書斎だったそうだけど」

 

と、くらげは言った。

 

確かに子供部屋には見えない。

 

本棚を覗くと、

 

地域の歴史に触れた書物や

和歌集などが並んでいた。

 

医学書らしきものもあった。

 

マンガ本の類は見当たらない。

 

「くらげさ、ここでいっつも

何してんの?」

 

「本を読んでるか、寝てる」

 

シンプルな答えだ。

 

確かにくらげの部屋にいても、

面白いことはあまり無さそうだ。

 

そう思った私は、

 

彼に家の中を案内して

もらうことにした。

 

(続く)くらげ星 2/3へ

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