うじの話 1/5
僕の友人に
オカルトの類に詳しく、
にも拘らずオカルトと聞くと
鼻で笑い飛ばす、
Sという奴が居る。
ある日そのSに、
僕「今まで生きてて、
一番怖い体験は何か」
と訊いてみた。
するとSは読んでいた本から
僅かに顔を上げて、
いつもの興味無さそうな表情で
ちらりとこちらを見やり、
S「一番って・・・、
いちいち順位なんて決めてねえよ」
と言った。
取り付く島も無いとはこのことか。
僕「それじゃあ、最近一押しの
怖い話とかは?」
僕は負けじと質問を重ねる。
Sは僕に向かって、
ハエでも追い払うかのように
手を振った。
それから何か言おうとしたようだが、
ふと開きかけた口を閉じて、
考える様なそぶりを見せた。
S「・・・なるほど、怖い話か」
とSが呟く。
その口調に何やらとても
嫌な予感がした。
S「一応訊くが、これは相当ヤバい話だ。
最後まで聞く覚悟はあるか?」
そこまで言うか。
僕は一瞬迷ったが頷く。
S「そうか」
ゆっくりと本を閉じ、
Sは話し始めた。
S「実際に起こった事件だ。
数ヶ月前、近くの街で、
一人の女子大生が自殺した。
それに関わる話だ」
<以下Sから聞いた話>
大学二年の夏だった。
今はもう辞めているんだが、
当時俺は駅前の居酒屋で
バイトをしてた。
そこで何時だったか、
バイト仲間で飲み会をしよう
って話になった。
場所は、一年上の先輩が
住んでるアパート。
その人は俺がドリンカー
(※裏方でお酒を作る人)
として色々教わった先輩だった。
俺らと同じ大学の先輩だ。
お前も見たことぐらいはあるだろうな。
自分で言うのも何だが、
無愛想な俺にも
普通に接してくれる人だった。
八方美人と言えば言い方は悪いが。
おそらくその先輩からの誘いじゃなかったら、
俺は飲み会なんか断ってたと思う。
当日。
集まったメンバーは、
六~七人だった。
宅飲みだからとことん
安上がりにしようってことで、
各自スナック菓子やら
チューハイなんかを買い込んで、
先輩の家に持ち寄った。
飲み会は確か夕方の六時に始まって、
七時を過ぎる頃にはもう周りは
全員酔っぱらいと化していた。
そのうち、きっかけは忘れた。
とにかく、先輩が昔付き合ってた
女性の話をしだした。
何でもその女は隣町の大学生で、
随分前に別れたそうだが、
相手が納得せずしつこく付き纏われ、
いわゆるストーカーになってしまったらしい。
その話は前に先輩から聞かされ、
知っていた。
飲み会から数日前の話だ。
先「俺は、どうすればいいだろう?」
と相談を持ちかけてくる先輩は、
真剣に悩んでいる様に見えた。
その時俺は、
S「誰これ構わず、愛想を振るから・・・。
勘違いする奴が出てきて当然ですよ」
と答えた。
我ながら冷たい返答だとは思うが、
先輩は納得したようで、
先「そっか、やっぱりそうだよなあ」
なんて言っていた。
後で知った話だと、
先輩は他のバイトメンバーにも、
同じような相談をしていたようだ。
時間を飲み会当日に戻す。
先「最初の方は、まだ
許せたんだけどさ。
だんだんエスカレートしてきて、
『あなたを呪う!』みたいな手紙まで
出してくるようになってさ・・・。
まいったよ」
そう言って、
酔った先輩はふらふらと立ち上がって、
背後の戸棚を探り、
その元カノからだと言う手紙を出して
俺たちに見せた。
真ん中に先輩の名前があり、
あとはA4サイズのルーズリーフにびっしりと
『呪う』という文字が書きこまれている。
「きめえ」だの、
「ひどい」だの感想が飛んだ。
先「・・・まあ、俺が悪いってのも、
分かってんだけどさ。
何も、そこまでやることはないだろう・・・
こんなさあ・・・こんな、」
先輩は自分でも酒に強い方じゃない
とは言っていた。
その時はろれつも上手く
回っていなかった。
でも、だからこそ、
つい口を滑らしてしまったんだろう。
先「それに、最近さ。
なんか俺の部屋、
蛆(うじ)が、出るんだよな・・・」
先輩がそう呟いた。
途端にそれを聞いた全員が、
何を喋るでもなく口を開いた。
鳩が豆鉄砲食らった様な顔だ。
言った本人も場の空気に気付いて
慌てたようだった。
先「あ、いや、
これ秘密にしてたんだった。
しまったな・・・」
それからは詰問の嵐だ。
最初の方こそ渋っていたが、
周りが酒も絡ませながら
問いただしていくと、
ものの数分で先輩は陥落した。
本当は誰かに喋りたかった
のかもしれない。
先「何かさー。
家から帰って来るとさ。
シンクの中で何か動いてるんだよ。
こう、こう、白くて小さい
つぶつぶが数匹。
何だろなって思ってよく見てみると、
・・・蛆だった。ウジ。
昨日なんか、風呂場にも出たぜ。
バスの中の排水溝から、
栓を押し退けてゾワゾワ湧いてた」
数名の女性陣が
同じ色の悲鳴を上げた。
俺と同期のバイト仲間が
「で、その後どうしたんすか」と訊くと、
先「ああ。普通に、捨てたよ」
と先輩は答えて、それから
赤い顔で自嘲気味に笑った。
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