リゾートバイト(本編)14/14

後から聞いた話だと、

そいつがいなくなって静まりかえった後、

3人ともずっと黙っていたらしい。

 

Aは、警戒したから。

Bは、恐怖のため動けなかったから。

 

そして俺は、残像の中で

延長戦が繰り広げられていたから。

 

それでAが俺を光の場所へ

連れていこうと腕を掴んだとき、

体の硬直が半端なくて、一瞬

死んだと思ったらしい。

 

本気で、死後硬直だと思ったんだって。

 

BはBで、恐怖で歯を食いしばりすぎて、

歯茎から血を流してた。

 

Aだけは、やっぱり姿を見ていなかった。

 

後、そいつはそこから遠ざかって行くとき、

カラスのように「ア゛ーっア゛ー」と、

奇声を発していたらしい。

 

その声は、Aだけが聞いていたんだけど。

 

そいつの二度の襲来によって、

その後の俺達の緊張の糸が

緩むことはなかった。

 

ただ、神経を張り巡らせている分、

体がついていかなかった。

 

みんな首をうなだれて、

目を合わすことは一切無かった。

 

Bは、もよおしたものを、

そのまま垂れ流していたが、

Aと俺はそれを何とも思わなかった。

 

あんなに夜が長いと思ったのは、

生まれて初めてだ。

 

憔悴しきった顔を見たのも、

見せたのも、もちろん

人でないものの姿を見たのも。

 

何もかも鮮明に覚えていて、

今も忘れられない。

 

おんどうの隙間から光が差し込んできて、

夜が明けたとわかっても、俺達は

顔を上げられずそこに座っていた。

 

雀の鳴き声も、

遠くから聞こえる民家の生活音も、

すべてが俺の心臓に突き刺さる。

 

ここから出て生きていけるのか、

本気でそう思ったくらいだ。

 

本格的に太陽の光が

中に入りこんできた頃、

遠くからこっちに近づいてくる

足音が聞こえた。

 

俺達は、完全に身構え体制に入った。

 

足音はすぐ近くまで来ると、

おんどうの裏へ回り、

入り口の前で止まった。

 

息を呑んでいると、ガタガタっと音がし、

「キィーッ」と音を立てて扉が開いた。

 

そこに立っていたのは、坊さんだった。

 

坊さんは俺達の姿を見つけると、

一瞬、泣きそうな顔をして、

「よく、頑張ってくれました」

と言った。

 

あの時の坊さんの目は、

俺一生忘れないと思う。

 

本当に本当に優しい目だった。

 

俺は不覚にも腰を抜かしていた。

そして、いい年こいてわんわん泣いた。

 

坊さんは、俺達の汗と尿まみれの

おんどうの中に迷わず入って来て、

そして俺達の肩を一人一人抱いた。

 

その時、坊さんの僧衣?から、

なんか懐かしい線香の香りがして、

ああ、俺達、生きてるって

心の底から思った。

 

そこでまた俺、

子供のように泣いた。

 

しばらくしても立ち上がれない俺を見て、

坊さんはおっさんを呼んできてくれた。

 

そして2人に肩を抱えられながら、

前日にいた一軒家に向かった。

 

途中、行く時に見た

大きな寺の横を通ったんだが、その時、

俺達3人は叫び声を聞いた。

 

低く、そして急に高くなって

叫ぶ人の声だった。

 

家の玄関に着くと、

耳元でAが囁いた。

 

A「さっきのあれ、

女将さんの声じゃね?」

 

まさかと思ったが、

確かに女将さんの声に

聞こえなくもなかった。

 

だが俺は、それどころじゃないほど

疲れていたわけで。

 

早く家に上げて欲しかったんだが、

玄関に出てきた女の人が

すげー不快そうに俺達を見下しながら、

「すぐお風呂入って」って言うんだわ。

 

まーしょうがない。

 

だって俺達、

有り得んくらい臭かったしね。

 

そして俺達は、

3人仲良く風呂に入った。

 

まあ怖かった。

 

いきなり一人になる勇気は、

さすがになかった。

 

風呂を上がると見覚えのある座敷に通され、

そこに3枚の布団が敷いてあった。

 

『まず寝ろ』ということらしかった。

 

ここは安全だという気持ちが

自分の中にあったし、

極限に疲れていたせいもあった。

 

というか、理屈よりまず先に体が動いて、

俺達は布団に顔を埋めて、

そのまま泥のように眠った。

 

俺は眠りに入る中で、まったくもって

どうでもいいことを思った。

 

起きたらあいつらに、

俺達が帰るって電話しなきゃな。

 

旅行の準備満タンでスタンバイする

友達2人は、俺達が今こうして

死にそうな思いをしていたことを知らない。

 

もちろん、旅行計画がオジャンになることも。

 

そういえば、おんどうから出る時、

俺はBに聞いたんだ。

 

「B、もう見えないよな?」

 

すると、Bは確かな口調で答えた。

 

B「ああ、見えない。

助かったんだ。ありがとう」

 

俺はその最後の一言を聞いて、

Bが小便を垂らしたことは

内緒にしておいてやろうと思った。

 

俺達は助かったんだ。

その事実だけで十分だった。

 

その後、目を覚ました俺達は、事の真相を

坊さんに聞かされることになる。

 

そして、人間の本当の怖さと信念の強さが

もたらした、怪奇的な現実を知るんだ。

 

Bの見たもの。

俺の見たもの。

Aの聞いたもの。

 

それを全て知って、

俺達は再び逃げ出す決心をする。

 

(本編:完)

 

この話の核心部分が以下の

その後として書かれています。

リゾートバイト(その後)1/6へ

 

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