リゾートバイト(その後)2/6
ここから坊さんの話が始まる。
結構長くて、正確には覚えてない。
(所々抜け落ち部分があるかも)
この土地に住む者も、
臍の緒にまつわる言い伝えを
深く信じておりました。
土地柄、ここでは昔から漁を生業として
生活する者が多くおりました。
漁師の家に子が生まれると、
その子は物心がつく頃から、
親と共に海に出るようになります。
ここでは、それがごく普通のしきたり
だったようです。
漁は危険との隣り合わせであり、
我が子の帰りを待つ母親の気持ちは、
私には察するに余りありますが、
それは深く辛いものだったのでしょう。
母親達は、いつしか我が子に御守りとして、
臍の緒を持たせるようになります。
海での危険から命を守ってくれるように、
そして行方のわからなくなった我が子が、
自分の元へと帰ってこれるようにと。
俺「帰ってくる?」
俺は、思わず口を挟んだ。
そうです。まだ体の小さな子は、
波にさらわれることも多かったと聞きます。
行方のわからなくなった子は、
何日もすると死亡したことと見なされます。
しかし、突然我が子を失った母親は、
その現実を受け入れることが出来ず、
何日も、何日も、
その帰りを待ち続けるのだそうです。
そうしていつのころからか、
子に持たせる臍の緒には
『生前に自分と子が繋がっていたように、
子がどこにいようとも
自分の元へ帰ってこれるように』と、
命綱の役割としての意味を孕む
ようになったのだと言います。
皮肉な話だと思った。
本来、海の危険から身を守る
御守りとしての役割を成すものが、
いざ危険が起きたときの
命綱としての意味も持ってる。
母親は、どんな気持ちで
子どもを送り出してたんだろうな。
実際、臍の緒を持たせていた子が
行方不明になり、無事に帰って来ることは
なかったそうです。
しかしある日、『子供が帰って来た』と
涙を流して喜ぶ、一人の母親が現れます。
これを聞いた周囲の者はその話を信用せず、
とうとう気が狂ってしまったかと、
哀れみさえ抱いたそうです。
何故なら、その母親が海で子を失ったのは、
3年も前のことだったからです。
B「どこかに流れ着いて、
今まで生きてたとかじゃないんですか?」
そうですね。
初めはそう思った者もいたようです。
そして母親に、子供の姿を見せてほしいと、
言い出した者もいたそうなのです。
B「それで?」
母親は、その者に言ったそうです。
『もう少ししたら見せられるから、
待っていてくれ』と。
どういう意味だ?
帰って来たら見せられるはずじゃないのか?
俺はこの時、理由もなく鳥肌が立った。
もちろん、その話を聞いて、
村の者は不振に思ったそうですが、
子を亡くしてから、ずっと
伏せっていた母親を見てきた手前、
強く言うことが出来ず、
そのまま引き下がるしかなかったそうです。
しかし次の日、同じ事を言って喜ぶ、
別の母親が現れるのです。
そしてその母親も、
子の姿を見せることはまだ出来ない
という旨の話をする。
村の者達は、困惑し始めます。
前日の母親は既に夫が他界し、
本当のところを確かめる術が無かったのですが、
この別の母親には、夫がおりました。
そこで村の者達は、
この夫に真相を確かめるべく、
話を聞くことになったそうです。
すると、その夫は言ったそうです。
『そんな話は知らない』と。
母親の喜びとは反対に、父親は
その事実を全く知らなかったのです。
村人達が更に追求しようとすると、
『人の家のことに首を突っ込むな』と、
ついには怒りだしてしまったそうです。
まあ、そうだよな。
何にせよ、周りの人に家の中のことを
ごちゃごちゃ聞かれたら、いい気はしないだろうな
なんて思ったりもした。
その後、何日かすると、ある村の者が、
最初に子が戻って来たと言い出した母親が、
昨晩、子供を連れて海辺を歩く姿を見た
と言い出します。
暗くてあまり良く見えなかったが、
手を繋ぎ、隣にいる子供に話しかけるその姿は、
本当に幸せそうだったと。
この話を聞いた村の者達は皆、
これまでの非を詫びようと、
そして、子が戻って来たことを
心から祝福しようと、
母親の家に訪ねに行くことにしたそうです。
家に着くと、中から満面の笑顔で
母親が顔を出したそうです。
村の者達は、その日来た理由を告げ、
何人かは頭を下げたそうです。
すると母親は、
『何も気にしていません。
この子が戻って来た、それだけで幸せです』
と言いながら、
扉に隠れてしまっていた我が子の
手を引き寄せ、皆の前に見せたそうです。
その瞬間、村の者達は
その場で凍りついたそうです。
AB俺「・・・」
その子の肌は、
全身が青紫色だったそうです。
そして、体はあり得ない程に膨らみ、
腫れ上がった瞼の隙間から白目が覗き、
辛うじて見える黒目は、
左右別々の方向を向いていたそうです。
口から何か泡のようなものを吹きながら、
母親の話しかける声に、
寄生を発していたそうです。
それはまるで、
カラスの鳴き声のようだったと聞きます。
村の者達は、子供の奇声に優しく笑いかけ、
髪の抜け落ちた頭を、
愛おしそうに撫でる母親の姿を見て、
恐怖で皆その場から
逃げ出してしまったのだそうです。
散り散りに逃げた村の者達はその晩、
村の長の家に集まりだします。
何か得体の知れないものを見た恐怖は
誰一人収まらず、それを聞いた村の長は
自分の手には負えないと判断し、
皆を連れて、ある住職の元へ行くことにします。
その住職というのが、
私のご先祖に当たる人物らしいのですが・・・
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