病院 2/3

ナースステーション

 

事務所のすぐ前の電灯が点いているだけで、

それもやたらに光量が少ない。

 

どけちめ。

 

だから病院は嫌いだ。

 

廊下を少し進んで階段を降りる。

 

1階まで着くと人心地つくのだが、

裏口から出ようとすると最後の関門がある。

 

途中で霊安室の前を通るのだ。

 

もっとこう、

地下室とか廊下の一番奥とか、

 

そんなところにあることをイメージ

していた俺には意外だったが、

 

あるものは仕方がない。

 

『霊安室』

 

とだけ書かれたプレートのドアの前を

通り過ぎていると、

 

どうしても摺りガラスの向こうに

目をやってしまう。

 

中を見せたいのか見せたくないのか、

どっちなんだと突っ込みたくなる。

 

中は暗がりなので、

もちろんなにも見えない。

 

なにかが蠢いていても、

きっと外からはわからないだろう。

 

そんな自分の発想自体に怯えて、

俺は足早に通り過ぎるのだった。

 

そんなある日、

レセプト請求も追い込みに入った頃に、

 

夕方の訪問を終えたナースの一人が

事務所に帰ってきた。

 

ドアを開けた瞬間、

俺は思わず目を瞑った。

 

なぜかわからないが、

見ない方がいい気がしたのだ。

 

そのまま俯いて生唾を飲む俺の前を

ナースは通り過ぎ、

 

所長の席まで行くと、

沈んだ声で、

 

「××さんが亡くなりました」

 

と言った。

 

所長は「そう」と言うと、

落ち着いた声でナースを労った。

 

そして、

 

その人の最期の様子を聞き、

手を合わせる気配のあとで、

 

「お疲れさまでした」

 

と、一言いった。

 

PTやOTという、

リハビリ中心の訪問業務と違い、

 

ナースは末期の患者を

訪問することが多い。

 

病院での死よりも自分の家での死を、

家族が、あるいは自分が選択した人たちだ。

 

多ければ年に10件以上の死に

立ち会うこともある。

 

そんなことがあると、

 

今更ながら病院は人の死を

扱う場所なのだと気づく。

 

複数回の訪問の多さから、

薄々予感されたことではあったが、

 

ついさっきまでその人のレセプトを

仕上げていたばかりの俺には、

 

ショックが大きかった。

 

そして、

 

いま目が開けられないのは、

そこにその人がいるからだった。

 

その頃は異様に霊感が高まっていた時期で、

 

決して望んでいるわけでもないのに、

死んだ人が見えてしまうことがよくあった。

 

高校時代まではそれほどでもなかったのに、

 

大学に入ってから霊感の強い人に

近づきすぎたせいだろうか。

 

「じゃあ、これで失礼します。

お疲れさまでした」

 

ナースが帰り支度をするのを

音だけで聞いていた。

 

そして、

 

蝿が唸っているような耳鳴りが去るのを、

じっと待った。

 

二つの気配がドアを抜けて、

廊下へ消えていった。

 

俺はようやく深い息を吐くと、

汗を拭った。

 

たぶんさっきのは、

取り憑いたというわけでもないのだろう。

 

ただ『残っている』だけだ。

 

明日にはもう、

連れて来ることはないだろう。

 

俺はここに『残らなかった』ことを

心底安堵していた。

 

その日も夜遅くまで、

残業しなければならなかったから。

 

その次の日、

もう終業間近という頃。

 

不謹慎な気がして死んだ人のことを

あれこれ聞けないでいると、

 

所長の方から話しかけてきた。

 

「あなた見えるんでしょう」

 

ドキっとした。

 

事務所には俺と所長しかいなかった。

 

「私はね、

 

見えるわけじゃないけど、

そこにいるってことは感じる」

 

所長は優しい声で言った。

 

そういえば、

この人はあの師匠の知り合いなのだった。

 

「じゃあ昨日、

手を合わせていたのは」

 

「ええ。

 

でもあれはいつでもする、

私の癖ね」

 

そう言って、

そっと手を合わせる仕草をした。

 

俺は不味いかなと思いつつも、

どうしても聞きたかったことを口にした。

 

「あの、

 

夜中に人のいないベッドから

ナースコールが鳴るって、

 

本当にあったんですか」

 

所長は溜息をついたあと、

答えてくれた。

 

「あった。

 

仲間からも聞いたし、

私自身も何度もあるわ。

 

でもそのすべてが、

おかしいわけでもないと思う。

 

計器の接触不良で鳴ってしまうことも

確かにあったから。

 

でもすべてが故障という

わけでもないのも確かね」

 

「じゃ、じゃあこれは?」

 

と、所長の口が閉じてしまわないうちに、

俺は今までに聞いた噂話をあげていった。

 

所長は苦笑しながらも、

一々、

 

「それは違うわね」

「それはあると思う」

 

と、丁寧に答えてくれた。

 

今考えれば、

 

こんな興味本位なだけの

下世話で失礼な質問を、

 

よく並べられたものだと思う。

 

しかし、たぶん所長は、

師匠から俺を紹介された時、

 

なにか師匠に含められていた

のではないだろうか。

 

ところが、

 

ある質問をした時に、

所長の声色が変わった。

 

「それは誰から聞いたの?」

 

俺は驚いて思わず、

 

「すみません」

 

と謝ってしまった。

 

「謝ることはないけど、

誰がそんなことを言ったの」

 

所長に強い口調でそう言われたけれど、

俺は答えられなかった。

 

どんな質問だったのか

はっきり思い出せないのだが、

 

この病棟に関する、

怪奇じみた噂話だったことは確かだ。

 

不思議なことに、

 

その訪問看護ステーションの

バイトを辞めてすぐに、

 

この噂についての記憶が

定かでなくなった。

 

だが、

 

その時ははっきり覚えていた

はずなのだ。

 

ついさっき自分でした質問なのだから、

当たり前であるが。

 

しかし、

 

誰からその噂を聞いたのかは、

その時も思い出せなかった。

 

ナースの誰かだったか。

 

それともPTか、OTか。

 

病院の職員か・・・

 

所長は穏やかではあるが強い口調で

「忘れなさい」と言うと、

 

帰り支度を始めた。

 

(続く)病院 3/3

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