黒い手 1/4

左手

 

その噂を初めに聞いたのは

ネット上だったと思う。

 

地元系のフォーラムに出入りしていると、

虚々実々の噂話をたくさん頭に叩き込まれる。

 

※虚々実々(きょきょじつじつ/四字熟語)

嘘と真を混ぜ合わせながら、互いに腹の内を探り合うこと。

 

どれもこれもくだらない。

 

その中に埋もれて『黒い手』の噂はあった。

 

黒い手に出会えたら願いが叶う。

 

そのためには黒い手を1週間、

持っていないといけない。

 

たとえどんなことがあっても。

 

「バッカじゃないの」

 

上記の噂を話したところの、

ある人の評である。

 

オカルト道の師匠に、

そんなあっさり言われるとがっかりする。

 

「まあ、不幸の手紙の亜種だな。

 

どんなことがあっても、

って念押ししてるってことは、

 

1週間のあいだに何か起こりますよ

ってことだろ」

 

チェーンメールが流行り始めた頃だったが、

 

『××しないと不幸になる』

 

というテンプレートなものとは

少し毛色が違う気がして、

 

僕の印象に残っていたのだが、

 

師匠はこういうのは

あまり好きではないようだった。

 

しかし、しばらくのあいだ、

 

僕の頭の片隅に『黒い手』という

単語がこびりついていた。

 

ありがちなチェーンメールと

一線を画すのは、

 

そのスタート契機だ。

 

『このメールを読んだら』

 

ではなく、

 

『黒い手に出会えたら』。

 

つまり、

話を聞いた時点で、

 

強制的にルールの遵守を

求められるのではなく、

 

契機が別に設定されているのだ。

 

怖がろうにも、

その契機に会えない。

 

『黒い手に出会えたら』

 

僕は出会いたかった。

 

『黒い手を手に入れた』

 

という一文を、

あるスレッドで見た時、

 

僕の心は逸った。

 

※逸った(はやった)

せく。あせる。急になる。激しくなる。

 

普段は行かない部屋に出入りしていたのは、

『地元の噂』を語る場所だったから。

 

『黒い手』の噂を聞けるかも知れない、

という可能性のためだ。

 

マニアックなオカルト系フォーラムに

どっぷり浸っていた僕には、

 

少し程度が低すぎる気がして

敬遠していたのだが・・・

 

『見せて見せて』というレスがつき、

しばらくして『いーよ』という返事があった。

 

その音響というハンドルネームの人物は、

何度かオフ会を仕切ってるような行動派らしく、

 

『じゃ、明日の土曜日に

いつものトコで』

 

という書き込みで、

 

『黒い手オフ』

 

が決定した。

 

新参者の僕は慌てて過去ログを読み返し、

 

いつものトコが市内のファミレス

であることを確認すると、

 

『初めてですけど行ってもいいですか』

 

と書き込んだ。

 

当日は、まだこういうオフ会というものに

あまり慣れていないせいもあって緊張した。

 

遅れてしまってダッシュで店内に入ると、

 

目印だという黒系の帽子で統一された一団が、

奥のスペースに陣取っていた。

 

「ちーす」という挨拶に、

「すみません」と返して席につくと、

 

テーブルの周囲に居並ぶ面々に対して、

妙な気まずさを感じた。

 

ネット上の書き込みを見ていた時から

想像はついていたが、

 

やはり若い。

 

たぶん全員、

中学生から高校生くらいだろう。

 

僕もついこのあいだまで

高校生だったとはいえ、

 

1コ下2コ下となると、

別の生き物のような気がする。

 

先輩風を吹かしたりというのは苦手なので、

 

ここでは年上だとバレないようにしよう

と心に決めた。

 

「で、これなんだけど」

 

そう言って、

全身黒でキメた16~7と思しき女の子が、

 

足元から箱のようなものを出してきて

テーブルに乗せた。

 

「おおー」という声があがる。

 

音響というHNのその子は、

 

もったいぶりもせずテーブルの真ん中まで

箱を押し出した。

 

「ガッコの先輩にもらったんだけど、

 

なんか、

持ってるだけで願いが叶うってさ。

 

誰かいらない?」

 

え?くれるのかよ。

 

他の連中も顔を見回している。

 

「黒い手って、

ほんとに黒いの?

 

ミイラとか?」

 

軽い調子で、

中の一人が箱の蓋を取ろうとした。

 

その瞬間、

 

僕の右隣に座っていた

面長の三つ編み女が、

 

その手を凄い勢いで掴んだ。

 

「やめて。これヤバイよ」

 

真剣な目で首を振っている。

 

「ッたいわね、

なにマジになってんの」

 

掴まれた手を振りほどいて睨みつけると、

乗り出した体を引っ込める。

 

それからなんとなく沈黙が訪れた。

 

「霊が通った」

 

誰かが呟いて、

 

「えー、天使が通ったって言わない?」

 

という反応があり、

 

しばらく箱から目をそむけるように

『霊VS天使』論争が続いたあと、

 

音響が言った。

 

「で、誰かいらない?」

 

またシーンとする。

 

こんなのが大好きな連中が

集まっているはずなのに、

 

なんだこの体たらくは。

 

黒い手に出会えたら願いが叶う。

 

そのためには黒い手を1週間、

持っていないといけない。

 

たとえどんなことがあっても。

 

この噂の意味がわからないほど

バカではない、

 

ということか。

 

ただそれも、

 

この噂が本物で、かつ、

この箱の中身が本物だったら、

 

という前提条件つきだ。

 

根性なしどもめ。

 

僕は違う。

 

なぜ山に登るのかといえば、

当然そこに山があるからだった。

 

「僕がもらっていいですか」

 

全員がこっちを見て、

それから音響を見る。

 

「いいよ。かっくいー。

ちなみに箱ごとね。

 

開けたら駄目らしいから」

 

音響は僕の方に箱を押し出し、

ニッと笑った。

 

「1週間持ってないと

いけないんだって。

 

でも、結婚指輪でも買ってやれば

そんなにかかんないかもよ」

 

その後は普通のオフ会らしく、

 

くだらなくて怠惰で無意味な時間を

ファミレスで過ごした。

 

誰も箱のことには触れなかった。

 

それが目的で来た連中のはずなのに。

 

(続く)黒い手 2/4

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