黒い手 4/4

左手

 

そんな問答の末、

師匠はようやく「わかった」と言った。

 

そして「もったいないなあ」と言いながら、

押入れに首をつっこんでゴソゴソと探る。

 

「御祓いなんてご大層なことはできんから、

 

効果があるかどうかは保障しないし、

荒療治だからなにか起こっても知らんぞ」

 

そんなもったいぶったことを言いながら、

手には朽ちた縄が握られていた。

 

「それ、神社とかで結界に使う

注連縄ですか」

 

と問いかけるが、

首を振られた。

 

「むしろ逆」

 

そう言いながら、

 

師匠は黒い手の収まった箱を、

その縄でぐるぐると縛り始めた。

 

「富士山の麓にはさぁ、

 

樹海っていう自殺スポットていうか、

ゾーンがあるだろ。

 

そこでどうやって死ぬかっていったら、

まあ大方は首吊りだ。

 

何年も、

へたしたら何十年も経って、

 

死体が首吊り縄から落ちて

野ざらしになってると、

 

そのまま風化して、

 

遺骨もコナゴナになって

どっかいっちまうことがある。

 

でも縄だけは、

ぶらぶら揺れてんだよ。

 

いつまで経っても。

 

これから首を吊ろうって人間が、

 

しっかりした木の、

しっかりした枝を選ぶからだろうな」

 

聞きながら僕は膝が笑い始めた。

 

なに言ってるの、この人。

 

「一本じゃ足りないなあ」

 

また押入れから同じような縄を出してくる。

 

キーンという耳鳴りがした。

 

「どうやって手に入れたかは聞くなよ」

 

こちらを見てニヤっと笑いながら、

 

師匠は箱を見事なまでに

ぐるぐる巻きにしていった。

 

そのあいだ中、

 

師匠の部屋の窓ガラスをコンコンと

叩く音がしていた。

 

絶対に生身の人間じゃないというのは、

師匠に聞くまでもなくわかる。

 

わーんわーんという羽虫の群れるような音も、

天井のあたりからしていた。

 

師匠はなにも言わず黙々と作業を続ける。

 

そのうちドアをドンドンと叩く音が加わり、

電話まで鳴り始めた。

 

僕は一歩も動けず、

 

信じられない出来事に

気を失いそうになっていた。

 

師匠が今しようとしていることに触発されて、

騒々しいものたちが集まってきているような、

 

そんな気がする。

 

耳を塞いでも無駄だった。

 

ギィギィという、

 

ドアが開いたり閉まったりするような

音が加わったが、

 

恐る恐る見てもドアは開いてはいない。

 

「うるせぇな」

 

師匠がボソリと言った。

 

「おい、なにか喋ってろ。

なんでもいいから。

 

こんなのは静かにしてるからうるせぇんだ。

 

静寂が耳に痛いってあるだろう。

あれと同じだ」

 

それを聞いて僕は「そうですね」と答えたあと、

何故か九九を暗唱した。

 

とっさに出たのだがそれだったわけだが、

 

いんいちがいちいんにがに・・・

と口に出していると、

 

不思議なことに、

 

さっきまであんなに存在感のあった異音たちが、

一瞬で世界を隔てて遠のいていくようだった。

 

しかしその中で、

何故か電話は甲高く鳴り響き続けていた。

 

「これは本物じゃないですか」

 

と言って俺が慌てて取ろうとすると、

師匠が「出るな!」と強い口調で制した。

 

その瞬間に電話は鳴り止んだ。

 

俺は受話器を上げようとした

格好のままで固まり、

 

冷や汗が額から流れ落ちた。

 

「さあ、できたぞ。

どこに捨てるかな」

 

箱は縄で完全にがんじがらめにされ、

所々に珍しい形の結び目ができている。

 

思案した結果、

師匠の軽四で近くの池まで行くことにした。

 

僕が助手席で箱を抱えて

ガタガタと揺られながら、

 

「南無阿弥陀仏」やら

「南無妙法蓮華経」やら、

 

知っているお経をデタラメに唱えていると、

あっという間に池に着いた。

 

そこで不快な色をした濁った水の中に、

二人してせぇのと勢いをつけて投げ入れた。

 

ボチャンと、

一番深そうな所へ。

 

石を巻きつけていたので、

 

箱はゴボゴボと空気を吐き出しながら

沈んでいった。

 

その石も耳を塞ぎたくなるような

逸話を持っていたらしいが、

 

僕はあえて聞かなかった。

 

すべてを終えて、

パンパンと手を払いながら師匠が言った。

 

「問題はもう1本の手だけど、

 

まあ本体はやっつけた方みたいだから、

大丈夫だろう」

 

自動車のエンジンをかけながら、

 

「それにしても」

 

と続ける。

 

「都市伝説が実体を持ってたら反則だよなぁ。

正体がわからないから怖いんじゃないか」

 

僕にはあの箱の意味も黒い手の意味も

わからなかったので、

 

なにも言えなかった。

 

「まあ、これで都市伝説としては完成だ。

実存が止揚してメタレベルへ至ったわけだ。

 

※止揚(しよう)

相反する2つのものから、それぞれのいいところを吸収して、よりよい新しいものをつくること。

 

※メタレベル

何かを考えることではなく、一体何を考えることができるのか、あるいはできないのか、といったことを思考すること。

 

黒い手に出会えたら、か。

 

確かにちょっとクールだな。

 

ところで」

 

師匠がこっちを見た。

 

「おまえは何が願いだったんだ」

 

あ、と思った。

 

黒い手に出会えたら願いが叶う。

 

全然意識してなかった。

 

ひたすら巻き込まれた感が強くて、

そんな前提を忘れていた。

 

「もう関係ないですよ」

 

そう言うと師匠は「ふーん」と、

鼻で応えて前を向いた。

 

それからちょうど1週間目の夜。

 

『そういえばあれ、どうなった?』

 

という書き込みが例のスレッドにあった。

 

『まだ生きてるかー?』との問いかけに、

『なんとか』と書き込んでみる。

 

『願いは叶った?』

『なんにも起きないよ』

 

音響は現れない。

 

『だれか箱いる?』

『だってガセネタじゃん』

 

・・・

 

もうこのスレッドに来ることも

ないだろうと思う。

 

ウインドウを閉じようとすると、

 

『ほんとに、

ほんとになにもなかった?』

 

しつこく聞いてくるやつがいた。

 

僕に警告してくれた、

三つ編み女だろうと思われる。

 

『知りたかったら、

黒い手に出会えばいい』

 

そう書いて窓を閉じた。

 

それから、ただの一度も

黒い手の噂を聞かなかった。

 

(終)

次の話・・・「ドッペルゲンガー 1/3

原作者ウニさんのページ(pixiv)

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