小鳥に鳴き方を教える師匠
これは、知り合いの体験話。
子供の頃、学校の裏山で一人遊んでいると、“ウグイスの声”が聞こえてきた。
おそらくは巣立ちしたばかりなのだろう。
まださえずりが下手で、最後まで上手く通して鳴けていない。
「ふむ、まだまだ下手っぴいだな」
生意気にもそんなことを考えていると、一際大きな鳴き声が林に響き渡った。
比べものにならないほどの見事なウグイスのさえずりだ。
下手なウグイスが鳴いた直後には必ず、上手いウグイスが続けて鳴いている。
まるで手本を見せて、指導をしているかのようだ。
やがて段々と、下手な方の鳴き方が上達していくのがわかったのだという。
「へぇ、ウグイスも勉強とか練習とかするんだ。学校みたい」
さえずりの先生は、どうやら近くで鳴いているらしい。
どんなウグイスだろうと辺りを探してみた。
声のする方を探していると、まったく予想外の奇妙なモノを見つけてしまう。
少し離れた木立の中、そこの枝に“小さな老爺”が腰掛けていた。
昔話にでも出てきそうな、真っ赤な頭巾と落ち着いた色合いの着物姿。
シワシワの顔は気難しそうだが、どことなく優しそうでもある。
ただ、その身体は非常に小さかった。
見立てでは、彼のランドセルよりも小さく思える。
「…小人?」
ポカンとして見ているうち、またウグイスが鳴いた。
下手な方だ。
すると老人は、一つ咳払いをするような動作をしてから、大声を張り上げた。
その喉からほとばしったのは間違いなく、見事なウグイスのさえずりだ。
ますますポカンとして、長いこと老人とウグイスの鳴き合いを眺めていたそうだ。
そのうちうっかりと身を乗り出し、小枝を踏み折ってしまう。
大きな音ではなかったが、ウグイスは鳴くのを止めた。
気付けば老爺も、何処かへ姿を消していた。
家に帰ってから祖父にこの話をしてみた。
「この谷に昔からいるという、『ウグイスの師匠』ってヤツだろう。
親とはぐれた小鳥に、鳴き方を教えてやってるんだとさ。
ウグイス以外の鳥も面倒を見ているらしいが、やはり里じゃウグイスが一番人気だからな。
それでいつの間にか、ウグイスの師匠って呼ばれるようになったって話だ。
滅多に見られるモンじゃないぞ。
お前、運が良かったな」
冬が明けて小鳥の声が聞こえる時期になると、彼はこの体験を思い出すという。
(終)