自殺するって言うなら、その前に僕に抱かれませんか? 2/3
男「じゃあ、分かりました。クールダウンのために一つ質問しましょう」
女「どうせまた、いやらしいことに結び付ける気でしょ?」
男「違います違います。今度は真面目な質問です。あなたは死んで、それからどうするんですか?」
女「……どういう意味ですか?」
男「フッ、そのままの意味ですよ。考えてみましょうよ」
女「そう言われても、よく意味が分かりません」
男「だーかーら、自殺してその後にどうするかって話ですよ。自殺する楽しみをあなたが見出すために僕は質問してるんですよ」
女「はあ。死後の世界のことですか。でも確かに、死後の世界とか幽霊って存在はあるっぽいですもんね」
男「ええ。一考の価値はあると思いますよ」
女「死んだらどうなるんでしょうね。なんだか色んなことが出来そうですよね。あっ、でも、天国へ行くとか地獄へ行くとか、そういうのもありますもんね」
男「意外と考えてみると、なかなか止まらないでしょう」
女「でも、こんなことを考えても何も変わりませんよ」
男「自殺への意欲を高めることには繋がりますよ」
女「そうですねえ。じゃあ、死んだら素敵な恋人を作ります」
男「死んでから始まる恋ですか」
女「ええ。素敵な幽霊の恋人を作ります。そして、幸せになります。そうすれば、私の自殺は間違っていなかった、って証明も出来ますからね」
男「楽しそうですね」
女「あなたの提案でしょう?」
男「まあそうですけど」
女「天国とか地獄とか、そういうのは分かりませんけど、考えるのはやめておきましょう」
男「うーん」
女「なんですか?俗物的とか言いたいんですか?」
男「いえ。やっぱりほぼ全ての人間が、そういう風に思い込んでるんだなと思って」
女「思い込んでる?何を?」
男「そもそも、疑問に思ったことはありませんか?」
女「……えっと、幽霊なんて実はいないとか、そういう話ですか?」
男「いえ。幽霊の有無に関しては、いると思いますよ。たぶん。それより、こういう疑問を持ったことはありませんか?心霊写真とかってありますよね?あれって凄く変だと思いませんか?」
女「おっしゃってる意味が全然分かりません」
男「まあ、人が死ぬ理由は色々ありますから、一概には言えませんけど。こういう心霊写真の話は聞いたことありません?『自殺した人間の霊が、その自殺現場で撮った写真に写る』。これって、おかしいと思いませんか?」
女「別に。なにか強い怨念とかがあって写るとか、そんな感じでしょ」
男「じゃあ、あなたに質問します。自殺した後、写真に写りたいって思いますか?死んで、生きてる人間から開放されることを望んだ結果が自殺だったのに」
女「……人それぞれでしょう。そんなの」
男「でも、あなたのように、死んで他の幽霊と添い遂げて幸せになったら、写真に写ったりしないんじゃないですか?たとえ写ったとしても、あんな風に見た人を戦慄させるような写り方をしますかね?」
女「もっとはっきり言ってもらっていいですか?私には、あなたが何を言いたいのか全然分かりません」
男「全ての人が勝手に信じてることへの疑問ですよ。死んで幽霊になる。まあこれはいいでしょう。問題はその次です。幽霊になったら他の幽霊も見える。生きてた時に見えなかったものが、死んだら見えるようになる。どうしてそんな風に人々は思い込んでるんでしょうか?」
女「幽霊になっても、幽霊は見えない……」
男「不思議ですよねえ。幽霊を信じない人はいます。ですが、死んだら幽霊が見えるということについては、疑う人いないんですよ」
女「だからなんだって言うんですか?そんな脅しで、私が自殺するのをやめるとでも?」
男「同じことを言わせないでくださいよ。僕にはあなたをどうこうする資格はありませんって。ただ転がらない疑問を転がしてみただけです」
女「あなたの疑問なんてどうでもいいんですよ」
男「いいんですか?」
女「同じことを言わせないでください」
男「あっ、真似した」
女「あなたが先に私の真似をしたんです」
男「じゃあ、あなたは別の誰かの真似をしたんですよ」
女「そうかも知れませんね」
男「それに、あなたにとっては重要な疑問だと思ったから言ったんですよ。これから死ぬ人にとっては考えるべきことじゃありません?」
女「死んでからのことなんて、やっぱりどうでもいいです」
男「では、生きてる間のことについて考えましょうよ」
女「そうですね……って、なにまた話を続けようとしてるんですか!?」
男「まあまあ。こうして僕と話しているうちは、あなたは抱かれることはありませんよ?」
女「はあ……言われたことありませんか?」
男「何をですか?」
女「しつこいって」
男「……」
女「凄い真面目な顔して考えてますね。心当たりがあり過ぎるんですね」
男「いいえ。あなたが初めてです」
女「嘘は要りません」
男「ホントなのになあ」
女「はいはい。それで、何の話をしてたんでしたっけ?」
男「あれれ?話す気になったんですか?」
女「あなたが話してくれませんからね」
男「ちょいちょい微妙なことを言いますよね。あなた」
女「うっさい。話すなら話してください。死にますよ?」
男「はいはい。分かりましたよ」
女「……」
男「どうして人は、死ぬことを怖いと思うんでしょうか?」
女「知りません」
男「少しは考えましょうよ」
女「本能」
男「本能、ですか」
女「死を恐れるのは人間だけですよね。動物とかは本能的に生きようとしますし」
男「あなたってロマンがないですよね」
女「嬉しそうに言わないでください」
男「僕、女の人ってもっとキラキラしてるのかと思ってました」
女「これから死ぬって人間が、目を輝かせてロマンチックなことを言うとでも?」
男「あはは。確かに」
女「じゃあ、ロマンのある死を恐れる理由ってなんですか?」
男「ロマンチックかどうかは分かりません。ですが、疑問に思うことをやめるのって、死んでるのと同じことだと思うんですよ」
女「一理あるかも知れませんね」
男「謎や疑問は、いくらでも日常に溢れてると思うんです」
女「そう思って生きることが出来たら楽しいでしょうね」
男「ええ。きっとね」
女「……あなたって鈍感ですよね」
男「え?なんだって?」
女「絶対聞こえてましたよね。ていうか、話が進みませんね。あなたの考えを教えてください」
男「分かりましたよ。死んだことがない人間が、どうして死を怖いと思うのか。実は僕たちは、死ぬこと自体はそれほど恐れてはいないんじゃないでしょうか」
女「じゃあ、何を恐れてるんですか?」
男「死んだ後のことですよ。実は僕たちは、なんとなく知ってるんじゃないでしょうか?死んだその後のことを」
女「死んだその後?」
男「ええ。その先にあるものを、僕たちはおぼろげに知っている。生きてるよりずっとつらいことが、死んでから待ち受けている」
女「笑えないですね」
男「笑えないですよ。生きてるのがイヤになって自殺したら、生きてるよりつらいことが待ち受けていた、なんてねえ」
女「随分とニコニコしながら言いますね」
男「たぶん最初からじゃないですか」
女「ええ。私と話していてここまでニコニコしてる人は、あなたが初めてです」
男「やだなあ。照れるなあ」
女「そして、ここまで人と話してイライラしたのも初めてです。知った風な口を利く人が嫌いなんです、私」
男「ああ、分かりますよ、それ」
女「あなたのことなんですけどね!」
男「言われなくても知ってますって」
女「あなたのような人は、私みたいな人間にとって一番イヤなんですよ」
男「自殺をする人間からしたら、それを止める人間は死神みたいなものですもんね」
女「……しかも上から目線で、分かりきったことを延々と言ってきますからね」
男「現実から逃げようとしてるのに、現実を突きつけて引き止めようとしますからね」
女「あなたみたいな人、本当に嫌いです。些細なことを取り上げて、ネチネチと言ってくる人間ってムカつきます。上から哀れみの視線を送ってくる人も嫌い。親切とお節介をはき違えてる人とか最低です」
男「自分のことは?」
女「……考えたくもないです」
男「僕のことは?」
女「よくこの流れでそれをぶち込んできますね。あなたのことも嫌いです」
男「どうして!?なんで!?」
女「疑問に思う部分じゃないでしょう、そこは!全ての人間が嫌いです。私より幸せそうに生きてる人も、私よりも不幸なのに生きてる人間も。生きてる人間なんて嫌い」
男「じゃあ、僕のことは嫌いじゃないってことですね」
女「……え?」
男「だって今、言ったじゃないですか。『生きてる人間なんて嫌い』って」
女「つまらない冗談ですね。これっぽっちも笑えません」
男「冗談じゃなくても笑えませんね」
女「今さら霊能力に開花されても困ります」
男「最近は嘘に敏感な世の中ですからね。きっとインチキ霊能力者って呼ばれますよ」
女「それで幽霊についての本を書いたら、ゴーストライターって言われるんですね」
男「ますます死にたくなりそうですね」
女「……それに、そういう嘘をつくなら、もっと事前に準備しておくべきですね」
男「準備?」
女「あなた、屋上で管理人さんと会った時、わざわざ隠れたじゃないですか」
男「そうですね」
女「見えないなら、わざわざ隠れる必要なんて……」
男「どうしましたか?」
女「……。そう、隠れたんですよね。一回目管理人さんに会った時は」
男「……」
女「でも、二回目会った時は、あなたは隠れていなかった。でも管理人さんは、『物騒な世の中ですから、夜道には気をつけてください』と。男女二人でいるなら、そんなことは言わない……?」
男「あなたが気づいていなかっただけで、僕はこっそり隠れたかも知れませんよ」
女「……でも、あなたはマックで何も食べなかった。そして、席取りもしなかった。じゃあ、あの店内で感じた視線って……」
男「気づいちゃいましたか」
女「え?ちょ、ちょっと待ってください。私、周りから見たらずっと一人で話してたってこと?」
男「だから言ったじゃないですか。早く食べて店から出ましょうって」
女「あの流れで分かるわけないです!」
男「あらら、大丈夫ですか?今までで一番凄い顔してますよ」
女「恥の多い生涯を送って来たって自覚はあるけど……うぅ……。いえ、待ってください」
男「まだ何か言いたいことでも?」
女「あなたが幽霊なら、触れることは出来ませんよね?」
男「さあ?どうでしょう?案外そんなこともないかも知れません」
女「……」
男「あの、目つきが怖いんですけ……どおぉっ!?」
女「わわっ……ほ、本当にスケスケだ……!」
男「いやいや。なんで殴ったんですか?生きてたら鼻が曲がってるとこでしたよ」
女「……なんとなくです。ていうか、瑣末なことはどうでもいいです」
※瑣末(さまつ)
重要でない、小さなことであるさま。些細。
男「わりと重要だと思うんですけどね」
女「ていうか、なんで最初に教えてくれなかったんですか?おかげで恥をかいたじゃないですか」
男「いいじゃないですか。どうせ結末は見えてるんだから」
女「そういう問題じゃないです」
男「やはり色々と難しい人ですね。あなたは」
女「いいから私の質問に答えてください」
男「いやあ、単純に信じないだろうなって思って。自己紹介で、いきなり幽霊だって言って信じますか?」
女「まずあなたは、私に素人童貞ってことしか教えてません」
男「あはは。これはうっかり。でもやっぱり自己紹介をしても、絶対にあなたは信じなかったでしょう?」
女「それは間違いありません。でも管理人さんが屋上に来た段階で、説明は出来たはずですよね?」
男「あそこらへんはテンション上がっちゃって……思わず自分が生きてると錯覚しちゃったんですよ」
女「死んでるのにテンション上がっちゃうんですね」
男「僕の場合はね。他の人は知りません」
女「……でも、どうして私にはあなたが見えるんですか?」
男「それについては本当に分かりません」
女「本当に?」
男「命を賭けてもいいですよ?」
女「バカ」
男「僕もこんなことは初めてなんです」
女「こんなこと?」
男「死んでから、人と話すのが」
女「……」
男「僕が死んでから何年経っているのか。それは分かりません。ですが、少なく見積もっても五年は経過してるはずです」
女「幽霊歴、結構長いんですね」
男「ええ。でも初めてだったんですよ。僕が話しかけて反応をしてくれたのは。しかも、僕の姿が見えてるなんてね。奇跡かと思いましたよ」
女「奇跡、か」
男「どうしました?」
女「……誤解して欲しくないから先に言っておきます。私は、あなたみたいな意味不明な人は嫌いです」
男「幽霊ですよ」
女「うっさいです。男のくせにイチイチ細かい」
男「あっ、今のは問題発言ですよ!」
女「話が進まないから、そういうのはいいです。ついでに言うと、私は気遣いというのが出来ません。でも、あなたのことが少しだけ可哀相だと思いました」
男「どうして?」
女「あなたのことが見える人間、それが私だったから。あなたが無類のおしゃべり好きだってことは、私でも分かります」
男「続けてください」
女「せっかく自分のことが見える人間が、私のようなろくでもない女で。……少しだけ申し訳ないと思いました。どうせなら、もっと楽しい人と出会えた方が良かったですよね?」
男「……」
女「言っておきますけど、少しだけしか申し訳ないって思ってませんから。変な勘違いはしないでくださいね」
男「……僕は、あなたで良かったと思いますよ」
女「なんです?口説きにかかってるんですか?素人のくせに生意気です」
男「あはは。言われたことありません?」
女「何をですか?」
男「言動がキツイって」
女「……」
男「考え込まなくても、心当たりは沢山あるんじゃないですか?」
女「いいえ。あなたが初めてです」
男「嘘、ではなさそうですね」
女「私、普段はそんなに喋らないんです。人と話すと、凄い疲れるっていうか、当たり障りのないことしか言えないし、本音を話せる友達もいません。あなたに話しかけられた時は、もうなんか、全てがどうでもよくて。こんな風に誰かに酷いこと言ったのは、たぶん初めてです。話しかけてくれたのが、あなたで良かったかも知れません」
男「え?もしかして、僕を口説いてるんですか?」
女「くたばれ」
男「やだなあ。とっくに死んでますよ」
女「……答えたくないなら、答えなくて結構ですが」
男「ん?」
女「あなたはどうやって死んだんですか?」
男「ああ、自殺です」
女「あなたが?」
男「意外ですか?」
女「よく分かりません。続きを話してください」
男「……実は僕も、このマンションの住人だったんですよ」
女「まさか、ここで死んだんですか?」
男「自分の部屋のベランダでね」
女「飛び降りたんですか?」
男「違います。僕の住んでた階は三階でしたので、死ねない可能性があったんです。だから確実に死ぬために、首吊りをしたんですよ」
女「首吊り……」
男「飛び降りるより、首吊りの方が確実なんですよ。ベランダから飛び降りるようにすれば、間違いなく死ねます」
女「どうして自殺なんてしたんですか?」
男「あなたと似たような理由だと思いますよ。でもまあ、簡単に言うと、ここじゃないどこかへ行きたかったんでしょうね」
女「天国とかですか?」
男「あるいは地獄だったかも知れません。でも、首を吊って次に目が覚めた時は絶望しましたよ。なぜかこのマンションの目の前にいたんですからね。最初は自分が死んだかどうかさえ分かりませんでしたよ。幽霊になったというよりは、透明人間になった気分でしたね。しかも、幽霊ってかなり不便なんですよね」
女「不便?」
男「扉とかはすり抜けられるんですけど、壁とかはすり抜けれないんですよ」
女「へえ。意外ですね」
男「空を飛べたりするんじゃないかって思ったんですけど、そんなことも出来ませんし。写真に写ったり出来るんじゃないかと試したこともあるんです」
女「写れたんですか?」
男「分かりません。確かめられませんでした。あと、温泉で女湯に入ろうとしたこともあったんです」
女「……その話は聞かなきゃダメですか?」
男「意外なことに、僕はのれんをくぐれなかったんですよ」
女「どういうことですか?」