雨夜に現れる哀しき軍服の幽霊
これは、旧陸軍での話。
ある兵士が地元の女性と恋仲になった。
兵士が倉庫の夜番に立つ時が二人の逢瀬の時間で、忍んできた女性と一晩愛を語らっていた。※逢瀬(おうせ)=二人が会う折。特に男女が密かに会うこと。
兵士は別れ際、次の夜番の時を知らせ、女性はそれを頼りにまたやってくる。
逢瀬は繰り返されるはずだったが、ある日、兵士が高熱を発し、起き上がることもできなくなってしまった。
当然、夜番は別の者が立った。
折悪しく、その日は豪雨。
合羽に身を包んだ人影が、代わりの夜番へと近づいてくる。
「誰だ!」
代わりの者は叫んだ。
女性は兵士がふざけていると思って、微笑みながら尚も近づく。
「誰だ!」
女性は、さらに近づく。
「誰だ!」
代わりの者は銃を構える。
当時の決まりでは、“三度の誰何に応えぬ者は誰であれ射殺してよい”ことになっていた。
代わりの者も、そうした。
後日、絶望したのか、兵士は自害してしまう。
それ以降、雨の降る夜の倉庫前には、来たる女性を待つ軍服の男の幽霊が立つようになったという。
この怪談、全国の陸軍に広まった有名な話で、軍にいた経験のあるご老人ならもしかしたら知っているかもしれない。
私が読んだのは大学の図書館にあった全国の近代怪談をまとめた研究本で、この話の出所らしき場所についても記述があった。
それは、香川県の善通寺陸軍。
旧陸軍が使用していた建物は、今も自衛隊と四国学院大学の校舎として使用されている。
実は私の地元で、母はこの大学の出身。
そこで聞いた話があったという。
『ある掲示板の前で、夜に軍服の幽霊が立っている』
そんな噂を。
気になった私は地元に戻った時、ちょうど開かれていた学園祭に紛れて掲示板を見に行ったこともある。
だが、残念ながら幽霊はおらず、掲示板の場所も倉庫前ではないようだった。
それでも、雨の日の夜は何かあるのかもしれないな、と思った。
(終)