まんまと引っ掛かった夏休みのバイト 2/2

別荘

前回までの話はこちら

昼飯中、馬場がボソっと呟いた。

 

馬場「面接も無しに即決だったのとか、やたら待遇が良いのとか、作業するのが俺達だけで監督する人も誰もいないのとか、要するにこれが原因じゃねぇの?」と。

 

確かにそうだ。

 

俺達は今更ながら、このバイトがやたら不自然で変な事に気が付いた。

 

安藤「今日だけ作業してさ、それで今日までの給料貰って帰らねぇか?」

 

「一応3泊4日の契約だろ?最後までやらなかったら給料払わないとか言われたらどうするよ。それに、『良く分からない何か変なものが居るからもう辞めます』なんて通用すると思うか?実害も無いのに」

 

安藤も馬場も「そうだよな」と言い、とにかく早く終らせてしまおう、そしてバンが来たら事情を訊こうという話になった。

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俺達は、まんまと引っかかった

夕方、とにかく早くこの場を去りたい俺達は必死で作業を頑張り、2軒目の荷物もその日のうちにほぼ全て外に出した。

 

バンがやって来ると、乗っていたおじさんに俺達はそれとなくここで変な事がないか訊いてみた。

 

だが、どうもおじさんも頼まれて来ているだけで、ここのことは良く知らないらしい。

 

俺達は結局何の情報も得られないまま、最後の夜を迎える事になった。

 

今から考えると、名刺を渡されていたのだからサッさとそこに電話すべきだったのだが・・・。

 

その夜、とうとう事件が起きた。

 

俺と安藤がリビングでゲームをしていると、風呂に入っていた馬場が飛び出して来た。

 

馬場「おい、やべーよ!またあの音がするぞ!」

 

時間は夜の10時頃。

 

馬場が言うには、風呂から上がって服を着ている時に、脱衣所の窓から『ズル・・・ズル・・・』と昨日と同じ音が聞こえてきたらしく、大慌てでこっちへ逃げて来たらしい。

 

俺達は今度こそ音の正体を突き止めなければと、玄関にあった懐中電灯を片手に外へ出てみることにした。

 

怖さも勿論あったが、実害は今のところ無いし、恐怖心よりも好奇心の方が勝ったからだった。

 

しかし、これがいけなかった。

 

外に出るとやはり昨日と同じで、1メートルちょっとくらいの“何か”が動いている。

 

懐中電灯の灯りを向けようとすると、それはそのまま隣の別荘へとスッと入っていってしまい見えなくなった。

 

居なくなった方へ行くと、別荘の鍵は掛けたはずなのに、なぜか玄関のドアが開いていた。

 

とにかく、ここにこうしている訳にも行かないし、なにより鍵を閉めたはずなのに開いているのは事実なのだから、俺達3人は目配せすると、中に入って確認する事にした。

 

中に入ると、元からカビ臭い建物ではあったのだが、それ以外に何か生臭いような変な臭いが立ち込めている。

 

異様な雰囲気の中、俺は廊下の電気を点けようとスイッチを探してある事に気が付いた。

 

玄関の横、靴箱の上の壁に、花瓶が死角になって今まで見えていなかったのだが、明らかにそれと分かる“御札”が貼ってある。

 

電気を点けて調べてみると、そこだけではなく廊下の天井にも同じ御札が貼ってあるのが分かった。

 

俺達は、「やっぱそういうことかよ・・・」と顔を見合わせた。

 

するとその時、廊下の曲がった方の奥、あの瀕死の猫がいた辺りから、『ギィ・・・』と扉が開く音がした。

 

あの先には、鍵が掛かって開かなかった扉しかない。

 

そして、廊下の曲がり角から『ベチャ・・・ズズ・・ベチャ・・・ズズ・・』と何かを引き摺るような気持ちの悪い音がしてきた。

 

俺達は完全にビビってしまい、何も喋れず動けずその場で立ち尽くしていると、廊下の角からこちらを何かが覗き込んだ。

 

俺達は息を呑んだ。

 

それは、人間の子供くらいの大きさの“日本人形”だった。

 

日本人形の首だけが、無表情に廊下の角からこちらを覗き込んでいる。

 

「・・・え、ちょ・・・」

 

俺は、声にならない声を出しながら後退りし始めた。

 

安藤と馬場の2人も同じで、あまりにも不気味な光景に後退りしている。

 

人形は一度首を引っ込めると今度は体全体が廊下に出てきたのだが、その姿は身の毛もよだつという言葉がまさにピッタリくる異様さだった。

 

上半身は和服を着た大きめの日本人形なのだが、下半身は何か真っ黒なベタベタしたヘドロのような物体に埋まっている。

 

引き摺っているように見えたのは、そのベタベタした黒い物体の後ろの方だった。

 

その黒いヘドロのような物体は、まさに俺達が昼間に見たそのものだった。

 

人形は尚もこちらに近付いて来る。

 

そして近付くにつれて、鼻をつくような生臭さが漂ってくる。

 

俺達は尚もズルズルと後退りし玄関から外に出たのだが、その時に俺はある事に気が付いた。

 

動揺していてそこまで気が回らなかっただけだと思うのだが、この人形、何かを歌いながら近付いて来ている。

 

耳を澄ますと、民謡の手毬歌(てまりうた)のような、でも良く聞いてみるとお経にも聞こえる。

 

不思議で不気味な詩の歌を歌いながら近付いて来ている。

 

かなり近くで聞いているはずなのだが、何故だか詞が分からない。

 

後退りして道の辺りまで出た時、「おい、やべーよ!」と、馬場は俺と安藤に森の方を見るよう促した。

 

森の方を見ると、あちこちの藪がガサガサと揺れている。

 

何か沢山の物がこちらに近付いて来るようで、その数はどんどん増えてきている。

 

さらに、そのガサガサという音に混じって、人形が歌っているのと同じ詩の歌があちこちから聞こえ始めた。

 

「やべぇよ!逃げるぞ!」

 

俺は大声で2人に言い、そのまま全力で道を走り出した。

 

俺達はそのまま全力で息が切れるまで走り続けた。

 

おそらく1キロメートルくらいか。

 

さすがに疲れた安藤が「ちょっと待って!」と、俺と馬場を呼び止め、その場にへたり込んだ。

 

安藤は息を切らしながら、「勢いで逃げて来たけど、どうすんだよ。俺達の荷物も置いたままだぞ」・・・と。

 

それに続いて馬場も、「訳も分からず逃げて来たけど、これからどうするんだ?」・・・と。

 

俺は2人に、「でも、これからまたあそこに戻るのか?」と訊くと、2人して無言で首を横に振った。

 

その時、森の中からまたあの歌声が聞こえてきた。

 

馬場が真っ青な顔で、「あいつら追って来やがった!」と大声で叫んだ。

 

俺達は疲れていたが、それでもそこに居るわけには行かず、再び真っ暗な山道を全力で走り出した。

 

それからさらにどれだけ走ったか分からないが、ドライブインらしき所に辿り着いた。

 

勿論、こんな時間にやっている訳がないのだが、それでも安心した気分になったのは確かだった。

 

そして、俺はふと携帯を見ると、なんと電波を示すアンテナが立っている。

 

俺は、貰った名刺の電話番号に急いで電話をしたのだが、さすがにこの時間では電話は繋がらなかった。

 

すると安藤が、自分の携帯でどこかに電話をし始めた。

 

安藤は電話越しに何かのやり取りしていたが、しばらくすると「とりあえず来てくれるって」と力無く答えた。

 

どこに電話したのか訊いてみると、どうやら警察らしい。

 

それから30分ほど、俺達はまたあの人形が追って来るんじゃないか、歌声が聞こえてくるんじゃないかとビクビクしながら待っていた。

 

すると、回転灯を回したパトカーがやって来た。

 

パトカーを見た時、俺はこれからどう事情を説明したものかとか考えるよりも先に心底ほっとして、その場にへたり込んでしまった。

 

何か完全に緊張の糸が解(ほぐ)れたという感じだった。

 

パトカーに乗せられ、俺達はとあえず近場のビジネスホテルまで送ってもらえる事になった。

 

道中に事情は一通り話したのだが、当然のように全く信じてもらえず、最終的には”単なる見間違い”という事にされてしまった。

 

まあ仕方無いと言えば仕方無いが・・・。

 

ホテルの前で降ろしてもらい、警官にお礼を言って見送った後、俺達は重大な事に気が付いた。

 

財布を別荘に置きっ放しだった・・・。

 

結局、俺達は日が高くなるまで近場の公園で野宿する事にした。

 

翌朝、名刺の番号に電話をして事情を話すと、初日に駅へ迎えに来たおじさんが、血相を変えて大急ぎで公園まで迎えに来てくれた。

 

おじさんは車の運転中に、「ほんとごめん。ちゃんと事情くらいは話しておくべきだったね・・・。とりあえず事務所で全部話すから」と、平謝りに謝り続けたので、俺達は何か気まずくなってしまい怒るに怒れなくなってしまった。

 

事務所に着くと、どうも先に誰かが俺達の荷物を取りに行っていたらしく、あと20分ほどで荷物を持って戻って来るらしいとの事だった。

 

そして、おじさんが事情を話し始めた。

 

予想通りというかなんというか、あの2軒の別荘は、あの“日本人形”が出てくるようになったので持ち主が手放してしまった物件らしい。

 

そして、取り壊す事になって荷物を運び出し始めたところ、次々と“怪現象”が起こった。

 

しかも、噂が広まってしまった為、近場の人は誰もあそこで作業をしてくれなくなってしまったのだという。

 

それが1年前の事。

 

それで困ってしまい、近所のお寺に相談し、結構なお金をかけて御祓いをし、もう大丈夫だろうという事で、地元から離れたうちの大学に求人を出したというのが事の顛末だった。

 

そうして俺達が“まんまと引っかかった”というわけだった。

 

おじさんの話によると、元は昼夜問わず怪現象や人形が目撃されたらしいが、御祓い以後は、昼間に行っても何も起きなかったので、もう大丈夫だと勝手に思い込んでいたらしい。

 

その結果が今回の事件な訳だが・・・。

 

「ほんとごめんね。給料は4日分全部払うし、交通費も今から払うから」

 

おじさんはやたら腰が低いので、俺達はもう何か完全に肩透かしにあってしまい、それに怒る気も起きず、4日分のバイト代と帰りの分の交通費を貰って帰る事にした。

 

最後に、俺はおじさんに一つ質問をした。

 

「おじさん、結局あの人形は何なの?」

 

すると、おじさんはこう答えた。

 

「さあ?」

 

(終)

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