カマドの火を盗られてしまった
婆ちゃんから聞いた、田舎の家の風呂にまつわる話。
婆ちゃんの家の風呂というのが、まあ見た目は普通なのだが、風呂焚きをするのに台所から少し降りた勝手口の所にある小さなカマドの火を使う、いわゆる五右衛門風呂もどきだった。
俺も子供の頃に何度も入った事はあるが、湯船を覆っているフタを外すと、湯の上に中フタがぷかぷかと浮いていて、それを足で沈めながら入るという感じだった。
無論、燃料には薪(まき)やら家で出た紙屑なんかを使っていて、その物珍しさから風呂焚きをよく手伝っていた覚えがある。
話はまだ俺や兄が生まれるより前の秋口、夏に比べると随分と涼しくなって来た頃だったそうだ。
婆ちゃんはボケていたのか?それとも・・・
夕食を終えた婆ちゃんは、いつものように風呂焚きを始めた。
薪やら紙屑やらの火種を放り込むが、なにやら火の点きがよろしくない。
薪の位置を変え、火種になる紙屑も変え、悪戦苦闘しながらもなんとか火を点けるが、今度は点いても直ぐに消えてしまう。
一度、薪を取り出してみるが、特に湿気ているわけでもない。
そうこうやっているうちになんとか火が燃え上がり、婆ちゃんはヤレヤレと腰を摩りながら立ち上がった。
しばらくそのまま放っておいて家事をすること小一時間。
カマドの中がすっかり燃え尽きたので、爺ちゃんに風呂が沸いたことを告げた。
爺ちゃんは「おう」と答えて風呂場に消えて行ったが、しばらくもしないうちに「おい、婆さん」と、少し怒り気味に出てきた。
何か?と思っていると、「風呂が全然沸いていない」との事らしい。
そんなはずは・・・と思った婆ちゃんは、風呂場に行って湯船に手を突っ込んでみると、なるほど・・・冷たい水のままだ。
はて?と思いながらカマドを覗いてみると、薪も紙屑もすっかり燃えて、灰が残っているだけだった。
「ちゃんと沸かしたんやけどねえ」
婆ちゃんはそう言いつつも、もう一度カマドに薪を放り込み、火を点ける。
すると、今度はちゃんと湯が沸いたそうだ。
婆ちゃんは、「あの時は、いつもより少しばかり寒かったからねえ・・・。火を盗られたのかも知れんねえ」と言っていた。
もっとも爺ちゃんは、「ありゃ婆さんがボケてただけだわ」と言って今も譲らない。
(終)