その体験がトラウマで山には入れない
「その体験がトラウマで山には入れん」と親父は言う。
親父が小学生の時、日曜日に爺ちゃん(親父の父)と某山に山菜捕りに行ったそうな。
山の麓に車を駐車し、歩いて山道に。
そして山道から横に分け入って、木が鬱蒼と生い茂る場所で山菜探しを開始した。
迷わないように爺ちゃんの側にずっと付いていたが、いつの間にか爺ちゃんと離れていってしまい、気が付いたら遭難してしまったそうな。
黒い怪獣に追いかけられた
親父は方向が分からなくなり、自分がどっちから進んできたのかすら分からない。
大声で爺ちゃんの名前を呼んでみると、遠くから返事が聞こえる。
「良かった~焦ったじゃん」と思いながら、返事が聞こえた方へ向かう。
すると、遠くから手を振っている影が見えたのでホッし、「おーい」と手を振り返しながらそこへ走っていく。
・・・が、何かおかしい。
爺ちゃんにしては背が小さすぎる。
それが爺ちゃんではないと分かって立ち止まっても、その人は大きく手を振りながら「おーい」と言っている。
「同じく山菜捕りに来てる人かな?」と思ったが、わりと近くにいるのに黒い影のままだった。
普通なら、表情や服装なども太陽の光で分かる距離なのに。
立ち止ったままでいると、その影の人は手を振りながら2歩3歩と親父の方に近づいてくる。
すると、その影の背が一気に1メートルくらい伸びた。
驚いた親父は後ずさると、その影は縮んで元の大きさに。
さらに影は、「おーい」と手を振りながら10歩ほど近づいてきて立ち止まる。
すると、影の背は2メートルほどの高さになり、ようやくその影の正体を確認できた。
本当に真黒な肌に上半身裸で、下半身は黒い褌(ふんどし)を着けており、手と足が異様に長い巨人だった。
そして、メタボチックな腹に地面に着くほどの長い黒髪で、骸骨のような顔で目は無い。
鼻の穴があり、顎が外れたような開き方の口。
影の正体が背が伸びるバケモノで、親父は恐怖で硬直した。
立ちすくんでいる間にも奴はどんどん近づいてきて、周りの木よりも高い巨人に成長した。
その体が木々に当たると、枝がポキポキと折れる。
そして奴は一言「おーい」とだけ発する。
親父は叫びながら走って逃げ出したが、躓いて転んでしまい、後ろを振り返ると奴はまた最初の影の大きさに縮んでいた。
距離が離れるほど小さくなり、距離が近くなるほど大きくなることが分かった。
親父は立ち上がり、爺ちゃんの名前を叫びながらまた走り始める。
時々後ろを振り返るが、どんなに木の間を縫って逃げ回っても、奴は一定の距離を保って追いかけてくる。
走り疲れて立ち止まると、少しづつ奴は大きくなりながら迫ってくる。
これの繰り返しが何時間にも感じるほど続き、そしてやっと車が走る山の曲がりくねった道路に出た。
そこは来る時に爺ちゃんと通った道路だったので、とりあえずその道路を走った。
車を停めた駐車場まで行こうと思いながら振り返ると、奴が追いかけてこない。
消えた。
安心して力が抜け、歩き始めてしばらくすると、前方から爺ちゃんの乗った車がやってきた。
ちょうど山を下りて息子(親父)が遭難したことを警察に届けようとしていた。
親父は頭を叩かれて助手席に乗り込み、放心状態に。
山の景色を窓から眺めていると、巨大なさっきの奴が木と木の間からキョロキョロとしている姿が見えてギョッとしたが、すぐに通り過ぎて見えなくなった。
親父は山を下りて街に出るまでずっと震えていたそうな。
親父からこの話を聞いて爺ちゃんに真実かどうか確かめると、その時の親父は本当に怯えていて、「黒い怪獣に追いかけられた!」と真剣に言っていたという。
・・・が、親父が嘘を言っているのか本当のことを言っているのか、正直なところ分からない。
しかし、今でも親父は山に異常な拒否反応を示し、某山の名前を聞いただけで顔色が変わる。
(終)
外観は違うけど、サイズが変わるところは見上げ入道に似てる