思い浮かべてしまった人
これは、以前に勤めていた職場での話。
その職場は、そこの社員と他の会社からの出向組でごちゃ混ぜになったような所で、人の出入りは結構多かった。
そこで働くようになってまだ間もない時に、出向組の田中さん(仮名)が自宅で亡くなっているのが見つかって大騒ぎになった。
ちゃんとした病名は結局分からずじまいで、急性心不全とだけ従業員には知らされた。(過労だったのかな?)
他の従業員はもちろん田中さんを知っていたけれど、そこで働き始めたばかりの俺は田中さんの顔と名前が一致しなかった。
だけど、漠然と「あの人かな?」という顔は思い浮かんだ。
どうして言葉も交わしたことない自分が
それから2~3日した頃だった。
俺は夜9時くらいまで職場に残って仕事をしていると、別のチームがちょうど帰ってきた。
実はそのメンバーの中に、俺が田中さんだと思い浮かべてしまった人がいたんだ。
俺は心の中で「ああ・・・勝手に思い込んじゃってすいません・・・」と謝りながら、帰ってきた人達に挨拶をして、各々が声をかけてくれたり会釈してくれたりした。
もちろん、その『思い浮かべてしまった人』も会釈してくれた。
翌日、隣のデスクに亡くなった田中さんと同じ出向元の人がいて、偶然その人がその会社の社報を持って来ていたので何の気なしにそれを読ませてもらった。
社報の最後のページはお悔やみ欄だった。
そこには田中さんの写真が載っていたんだけれど、それが前日の帰社時に会釈してくれた『思い浮かべた人』の顔だった。
怖いという感覚は全く無かったけれど、不思議でしょうがなかった。
どうして言葉も交わしたことない自分が、その人を見てしまったんだろうって。
その後は一切会うことはなかった。
(終)