午前1時、屋上から見えた異様な人影
私は学生の頃、実家を離れて大学の寮に住んでいた。
田舎の学校で、その敷地から歩いて20分程度の場所にある寮だった。
周りは住宅地で、古くからのお宅とベッドタウン化による新興宅地が混ざった感じ。
寮は4階建てで屋上に物干しがあり、夜間は屋上への出入りが禁止だったが、みんな時々屋上へ出ては、煙草を吸ったり小声でおしゃべりしたりしていた。
あれは確か私が2年生の終わり頃、なんとなく眠れない日が続いていた。
よく夜中に屋上へ出て1時間くらいボーっとしたりはしていたので、その日も防寒対策をして行ってみた。
フェンスのそばのベンチで夜空を見上げたり、夜の住宅街を上から眺めたりしていたら、寮の門の前、左右に伸びる比較的広めの道路に『何か動くもの』を見つけた。
ソイツは迷わず私に視線を向けた
自分から見て左手側、門から100メートル以上離れた辺りに人影があった。
周りとの比較から、子供と思えるくらいの背格好。
その人影が脇道から道路へひょいっと出たり入ったり、ちょこちょこっと走り出したと思ったらまた向きを変えて脇道へ入ったりと。
何だろう?こんな夜中に・・・と思いながら、なぜか目が離せなくなってじっと観察していた。(確か午前1時は過ぎていた)
なかなか近づいて来ないのでイライラした気持ちでいたが、田舎道のまばらな街灯の光で徐々にソイツの姿が判別できるようになってきた。
そして、びっくりした。
道端の自販機と比べた感じでは、背丈はたしかに10歳くらいの子供くらい。
でも体はガリガリに痩せていて、頭が異常に大きく見える。
頭を支えるのが大変なのか、歩くたびに首が不自然にゆらゆらと動いている。
大きな顔の中で目も異常に大きく感じられ、しかも極端な黒目っぽいのがさらに無気味だった。
体がガリガリだったとは言ったが、ソイツがどんな服装だったのかはどうしても思い出せない。
自分の中では裸だったという記憶もあるが、だからといってそれに確信は持てない。
表情はニヤニヤ笑いだった。
子供がそのまま老人になったような、薄い感じの顔。
夜中に屋上から見ていた自分が、それらをはっきり目にしたという自信は今となっては持てないが、フラフラと歩いて近づいてくる無気味さは消えようがない。
門から50メートル程になった時、ソイツが突然こちらへ視線を向けた。
私は黒いダウンコートを着て、声も出さずにしゃがみ込んで屋上に居たにもかかわらず、ソイツは迷わず私に視線を向けてきた。
お互いに相手を見ていることが私にもはっきりと分かり、鳥肌が立つのと手の平に汗が出るのを同時に感じた。
ソイツは立ち止まってこちらをじっと見ながら、ニヤニヤ笑いを続けていた。
私が固まったようになっていると、突然ソイツはこちらに向かって走り出した。
あのヒョコヒョコとした不安定な動きで。
私は多分パニックになりかけで、声を必死で押さえたまま屋上から建物の中へ飛び込んだ。
寮の建物はオートロックで施錠されている。
もちろん自室のドアも鍵がかかる。
私は3階にある自分の部屋に駆け込んで鍵をかけ、異常なくらいの心臓のバクバクを感じていた。
何をどうしたらいいか分らない。
何あれ!何あれ!なんでこっち来るの?
部屋の電気をつけたらアイツに分かってしまうという恐怖で、暗闇の中で震えた。
友達の部屋に行こうか?
でも廊下でアイツに会ってしまったら?
寮の中にいるわけがない!
きっとただの酔っ払いか何かだ!
頭がグルグル回るような感じがして、気がついたら涙まで出ていた。
すぐに窓の外から砂利を踏む音が聞こえた。
寮の周りを歩いている!
ジャッザザッザ・・・ジャッザザッザ・・・と引きずるような感じ。
私は堪らずに寮長さんの携帯に電話した。
眠そうな寮長さんの声が聞こえた途端、変なプライドや気取りが蘇った私は出来るだけダルそうな声を作り、「誰かが寮の周り歩いてるみたいで迷惑なんすよね~」と言ってみた。
すると、「分りました。念のために見回ってきますから」と言ってくれて一安心する。
しばらくして明らかにさっきとは違う普通の足音がして、去って行った。
今度は寮長さんから電話をくれて、「不審なものはなかったですよ。施錠も大丈夫でした」という言葉に安心して眠ることができた。
次の日、1限からの授業だったので普通に起きて寮の玄関を出た。
そして玄関の左側へ10メートルくらい行った辺りが、私の部屋の窓の真下になる。
昨日は怖かったなぁ、と思いながらその辺りに目を向けると、何かいつもと違う印象を受けた。
恐る恐るそちらへ近づくと、昨日感じた鳥肌が一気に蘇ってきた。
私の部屋の窓の真下、その地面に子供がよくやるように片足で砂利の地面をこすって線が引かれていた。
図形はきれいな二重丸だった。
直径1メートルもないくらいの二重丸が、まるで手で整えられたようにきれいに書かれていた。
証拠を残すとかいう考えもなく、頭が真っ白になった私は自分の足で砂利を蹴って二重丸を消した。
あれから砂利を踏む足音が聞こえる度に、この事を思い出してしまう。
(終)
なんか、似たような話を読んだなぁ・・・
「猛スピード」って有名な話だね。あっちの方が簡潔でなおかつ怖い。