旅館での恐怖体験

今から皆さんにお話する話は、

私と妻がまだ20代の頃の事。

 

あれから十数年、

口にする事を恐れ、

一切語らなかった、

鮮烈な恐怖体験を告白します。

 

当時、妻と私は今でいう

フリーター生活をしており、

金を貯めては旅行をするといった、

随分気ままな生活をしておりました。

 

その日は、楽しみにしていた

関西名所巡りの道中で、

楽しく時間が過ぎ、

日も暮れ、

予約してあった旅館に到着しました。

 

旅館は、屋外に雑木林が広がる

とても感じの良い旅館で、

私達は二階の東側の部屋に

泊まる事になりました。

 

私達は、しばらく雑談したあと

風呂に入り、

浴衣に着替え夕飯を頂きなどし、

その後は自室で

テレビなどを見ておりました。

 

そのうちに夜もふけ、

旅行初日ということもあり、

どちらからともなく、

愛を確かめ合う事になりました。

 

電気を消し、

窓を網戸にし、

 

布団の周りの準備を

済ませるなどすると、

互いに交わり、

やがて事は済みました。

 

さて、ここまでは何も問題なく

過ごしていたのですが、

恐怖は網戸越しに

我々を見張っていたのです・・・。

 

先に異常に気付いたのは妻でした。

 

事の後、

しばらく話をしていたのですが、

急に妻の表情が強ばり、

声を微かに、

 

「窓・・の外・・・」

 

その瞬間、

 

私の背後に、

ただならぬ事が起こっている事を

悟りました。

 

私は、妻越しに

テレビの画面に目をやりました。

 

画面には、網戸を透かして

差し込む月明かりに映し出された、

何か大きな物体が

映り込んでいました。

 

私は、ゆっくりと妻に被さり、

息を殺しました。

 

夏なのに布団を耳まで被り、

暑いはずなのに冷たい汗が滴り。

 

私の鼻を伝った汗が、

妻の耳に落ち。

 

金縛りというよりは、

蛇に睨まれた蛙のように

全く動くに動けない状態。

 

妻の目は、猫の目のように

その物から視線を反らせず、

私も巨大なその物を横目で見ました。

 

それは、「苔の蒸した大きな緑色の岩」

のように見えました。

 

しかしそれは、正しくは・・・。

 

目が慣れるに従って、

網戸越しに浮かび上がったのは「顔」。

 

巨大な緑色の顔。

巨大な鮫のような目をした「鬼」。

 

それは緑色の巨大な鬼の顔。

 

『ご先祖様・・お助け下さい・・・』

『ご先祖様・・お助け下さい・・・』

 

・・・何時間経ったのか、

何十時間にも感じられた

長い長い時間が過ぎた。

 

その鬼は、網戸から離れ、

しばらくの間ただ突っ立っており、

やがて何事も無かったかのように

森へと去りました。

 

気が付けば、

喉がカラカラに渇いておりました。

 

窓を閉める事も出来ず、

動く事も出来ず、

かと言って、安心して眠る事も出来ず。

 

朝が来ると、

すぐ帰宅の途につきました。

 

あれから私は、

しばらくの間不眠症になり、

妻は情緒不安定で

熱を出して寝込みました。

 

必死の看病の結果か、

今は妻も私も元気ですが、

今でもあの時の事は

互いに口にするのを控えております。

 

皆さんは、よく恐怖体験をしたい

と言われますが、

もしそのような体験を

追い求めるなら、

日頃からご先祖様を

大切にするよう心がけて下さい。

 

もしあの夜、

私がご先祖様に対し

後ろめたい気持ちがあったなら、

私達は翌日のニュースに

謎の失踪事件として

紹介されたのだと思っております。

 

お気を付け下さいますよう。

 

(終)

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