築200年近いオンボロ物置の2階にて

蔵

 

これは、僕が小学生の頃の体験談。

 

実家(祖母の家)の農具などをしまってある木造2階建ての物置に、兄弟で探検した時のこと。

 

1階には古い農具がほとんどで、よく祖母の蔵整理を見ていたので見知っていた。

 

・・・が、ある日に2階が気になり、弟を連れて電気もない物置の2階に、板の隙間から漏れる光だけを頼りに上っていった。

 

2階には畳まれた鯉のぼりや雛人形、他には神事で使うような鈴、祭りの提灯など、行事で使う小物が収められているようだった。

 

それに、どこを見ても埃が積もっており、湿気で固まったような黒い煤で真っ黒だった。

 

そうして一通り探検し終わって下りようとした僕たちの背後から、不意に『ノックをする音』がした。

 

え?と思って振り返り、弟も釣られて振り返る。

 

二人でしばし固まった。

 

そして、またノックの音。

 

急かすようでもない弱々しい音に、特に恐怖も感じず音のする壁に近づくと、ドアらしきものがあった。

 

それはまるで壁の一部の様に、枠もノブもないドアで、寸法の合う木の板をただ嵌め込んだ様にも見えた。

 

・・・が、床には何かが擦れた跡が弧を描いていて、その板が開閉するものなのは間違いなさそうだった。

 

ノックの音がまた鳴ったので、意を決した僕は恐る恐るノックを返すと、今度は心持ちさっきよりも強くノックされたように聞こえた。

 

「人がいるのか?」

 

そう思った僕がもう一度ノックをすると、返事をするようなタイミングで板の向こうからノックが返ってくる。

 

焦った僕は、物置は外から錠がかかっていたのに人が居るわけなかろうという当然の事にも気づかないで、戸惑う弟に無理やり祖母を呼びに向かわせた。

 

ノックの主が泥棒だとか、ましてやイタチや猫なんて発想が全くなく、なんとかして開けて出してやらねばという気持ちに駆られて、おそらく内に開くであろうドアをガンガンと強く奥へと蹴った。

 

ノブがないのでそうするしか仕方なかった。

 

しかし、築2世紀近いオンボロの物置はガタガタしても、ドアは蹴破られる様子が全くない。

 

その間もノックが断続的に続き、助けを求められているような切羽詰まった気持ちになった。

 

なので、足がダメなら膝で、膝でダメなら肩でと、ついに扉に体当たりをし始め、木材同士の強い摩擦音と一緒にドアが少しずつ奥に沈んでいった。

 

ひと際強く体当たりしていると、開いた小さい隙間から光が漏れた。

 

奥はまた小さい物置かなんかだと思っていた僕は、途端に違和感に気づき、一歩引いて扉を見た。

 

ちょうど扉の周りを光の線が囲んでいる。

 

その時、『物置の2階に何故か外に続く扉があり、外からノックがある』という異常な事態に気づき、急にノックの音が怖くなった。

 

すると、後ろから怒鳴り声がして、ビクッと心臓が止まりそうになった。

 

祖母が急すぎる階段に、床板から顔だけを出す形で僕を怒鳴っていた。

 

僕はひとまず扉から離れるために、訝し気な祖母の横を急いで1階に下りた。

 

「2階の物に触っちゃいかんよ。上がってもいかんよ」と怒られた後、先ほどの話をやや大げさにすると、「あそこは扉だってとっくにないし、イタチも猫も居るからね」とだけ返された。

 

外は物置の暗い雰囲気と打って変わって真昼の陽気に、先ほどの恐怖を忘れた僕は、気味悪がっている弟をまた無理やり連れて物置の裏、ちょうど扉があった位置の裏側を確認しようと思った。

 

立地のせいもあるが、物置の裏に回るのが少し面倒で、隣接した小池の外をぐるっと回り、椿の生け垣の下をくぐり、金木犀の低木の隙間を縫うようにして、当時の子供の感覚としてはちょっとした冒険の末に物置の裏にたどり着いた。

 

ここに来たのは初めてで、他にも広い庭のせいか、起伏の激しい立地のせいか、こういった初めて来る場所みたいなの所が庭の中にあった。

 

物置の裏を確認した僕は、「ああ、なるほど」と納得した。

 

物置の裏手には、いつ取り外されたかもわからない階段の跡が壁に見て取れた。

 

だとすると、2階の扉は階段から行き来するための物だったのだろう。

 

もし勢い余ってドアを突き破り、あそこから落ちていたらと思うと少しゾッとしたが、ノックの音だって今思えば、それこそイタチかキツツキかだったかもしれないのに、ずいぶんと騒ぎ立ててしまったなと少し恥ずかしく思った。

 

僕は恥ずかし紛れに、「人がするノックに聞こえたよな?ノック返されたし」なんて言っていると、終始気味悪そうだった弟がますます嫌な顔をしてこう言った。

 

「だから気味悪いこと言うなって・・・。ノックの音がするって言うから僕も耳を澄ましてたのに、僕には何にも聞こえなかったよ?」

 

途端、物置の中の恐怖がまた寄ってきたような気になった僕たちは、急いでその場から離れた。

 

もう20年も前の出来事。

 

(終)

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