山の風景だけが急に白黒の世界に
これは、石じじいの話です。
テレビや映画などがほとんど白黒映像という時代がありました。
じじいは、普段の生活の中で『白黒の世界』を経験したことがあったそうです。
曰く、山を歩いていると急に風景が白黒になった、と。
視界がぼやけているわけでもなく、また狭くなっているわけでもなく、はっきりとしている。
しかし、目で見える風景は白黒。
木々の葉っぱも灰色。
白い雲が浮かぶ青空も灰色。
目の病に関する体調不良かと動揺したじじいは、すぐにその場にしゃがみ込みましたが、その時に変な感じがありました。
自分の体や服、持ち物には、全て色が残っているのです。
しかし周りは全くの白黒。
これは、目ではなく精神がおかしくなったのかもしれない、と考え直しました。
どうにもならないので、そこから慎重に山を歩きましたが、ずっと白黒の世界だったそうです。
視界はぼやけてはいなかったので危険は感じなかった、とも。
ただ、色がわからないと石を見分けることが難しいので困ったものだ、となったそうです。
「はよ、病院にいかんといけない」
人里に向かうかどうかを考えながら歩いていると、ずるっと足が滑って転びそうになり、近くの木の枝を掴みました。
その時に、急に色が戻ったそうです。
いきなりの色の洪水で眩暈がした、とも。
その後は視界が白黒になることはなかったと言います。
家に帰ってから念の為すぐに病院へ行きましたが、視力が落ちていることもなく、何の問題もありませんでした。
じじいは、「あの時はたまげたい。目が見えんようになるんやないか思うて怖くてな。山ん中で失明しもうたら大事やけんな」と言って、この体験話を締め括りました。
(終)