山奥の鉄塔で巡り合った二つの世界
これは、山仲間が体験した話。
一人で山奥の野原を歩いていると、送電用の鉄塔が近付いてきた。
「おや?鉄塔に誰かが登っているみたいだ」
目を凝らすと、小さな女の子が高い所にしがみ付いているのが見えた。
下りられなくなったのかな?
そう考えながら鉄塔に向かう。
すぐ下まで来ると、小さくしゃくり上げる泣き声が聞こえてきた。
「どうしたの?下りられなくなったの?」
そう声をかけると、小さな頭がコクンと頷く。
毛糸の上着に小綺麗なスカート。
白い靴下が履いているのは赤い靴らしい。
まったく山に登る格好ではなかったが、その時はあまり不思議にも思わなかった。
「今そこへ行くから動くんじゃないぞ」
荷物を下ろしながら言う彼に、少女は嬉しそうにほっとした笑みを浮かべた。
見るところ、人間返しの棘の輪より先にはさすがに登れなかったみたいだ。
しかしこんな小さな子が、どうやってあそこまで上ったのだろう。
鉄骨を登りながら、だんだんとそんな疑問が思い浮かぶ。
もう少しで少女のいる段に手が届きそうな所まで来た時、下から叫ぶ声がした。
「あぶない!」
えっ!?
地面を見下ろすと、すぐ上にいるはずの少女がそこに居た。
泣きそうな顔で、彼を引き留めるかのように手を伸ばして。
同時に何処かでパンッと乾いた音が聞こえ、頭上で硬い音が響く。
チン、チン、チン。
何か熱い物が、幾つか頬を掠めて落ちていった。
続いて「あっ!?」と慌てたような声が聞こえた。
鉄面に付いたばかりの傷を見た。
弾痕だ。
禁猟区だというのに、入り込んでブッ放した非常識な輩が居るらしい。
「おわぁ!?」
遅ればせながら悲鳴が出た。
慌てて鉄塔にしがみ付く。
あっ、あの女の子は!?
必死で上を見上げると、そこには誰も居なかった。
混乱しながらも、滑落しないよう注意しながら下りることにした。
無事地上に着いて、腰が抜けたようにへたり込んでしまう。
散弾を撃った輩は逃げ出したのか、ついに姿を見せることはなかった。
しばらく待って息を整えてから、やっとのことで顔を上げてみた。
鉄塔の反対側の脚の方に、佇む小さな二つの人影があった。
上から下まで全く同じ格好をした、双子のような女の子。
一方は、残念そうに口元を歪めて苦笑いをしていた。
そしてもう一方は、泣きそうな顔で手を振っていた。
早くここから去れとでもいうような、そんな仕草。
声をかけようとすると、二人とも空気に溶けるように消えてしまった。
何かが自分を危ない目に遭わせ、別の何かがそれを救った?
そこまで考えてから、彼は走るようにして逃げ出したという。
(終)