トンネルに入ると対向から近づいてくる光
これは、夏休みを利用して父の実家近くの教習所に通っていた時の話。
進路の決まった高校生や夏休みの学生が合宿を利用して通ってくる、いわゆる繁忙期の前に私は入校した。
ほぼ毎日学校に通い、あっという間に路上での実習が始まっていた。
当然、車に慣れたともいえないまま他の運転手に混じり道路を走る五十分間は、その頃の私にとって常に緊張と恐怖との戦いだった。
そして初めてのトンネルの走行時に、私は有得ないものを見てしまう。
幽霊言うてもライトだけや
「昔はこの辺りも事故が多かったんやけど、工事してからはもうすっかり」
道路開通に合わせて、数年前に対面から二車線に変えたこのトンネルは、時間帯もあって車が通っている気配もない。
そうは言っても、山を切り開いて作ったトンネルの出入り口は中々の急カーブ。
一人緊張感を募らせる私に気付かず、指導員は話し続ける。
助手席の指導員が話す、他の二種の教習者のライトの説明に耳を傾けながらハンドルを握る私が見たものは、こちらに近づいてくる対向車のライトだった。
「えっ」
「ん?」
「いや、前・・・あっと・・・いえ、何でも・・・」
思わず声を出した私に、のんびりした声でどうしたと返されてしまったので、つい横を見てしまう。
ガチガチにハンドルを握っていた為に車が揺れ、自分が車を運転していることを思い出す。
車体をまっすぐにする為に前を見た時には、ライトもなければ前を走行する車もなかった。
パニックになる気持ちを静めて、何でもないと返すだけで精一杯だった。
不意に蛇行運転なんかした私に、指導員は笑いながら早く慣れなよと言うと、復習項目にハンドル操作とバッチリ書かれて、その日は何もなく終わった。
きっと不必要なほどに緊張していた私の頭が勝手に作り出したものと、その時はスルーしていたのだが・・・。
そんな出来事からしばらく経ったある日。
路上での運転にもそれなりに慣れた頃、学校の帰りに興味深い話を聞いた。
単発の送迎バスに一人乗り、帰途に着く道すがら、運転手さんと話していた時のこと。
「お、そうそうこの前ね、とうとう見たよ」
「何ですか?サルですか?」
「サルはここら辺どこにでもおるよ。そうでなくて、前は影も形もなかったけどね、このトンネル出るようになったらしいんだわ」
「出るって幽霊ですか?マジで?」
「まあ、幽霊言うてもライトだけや。トンネルに入ってしばらく走ると、向こうからライトが近づいてくるっていう」
「それってこのトンネルなんですか?」
その話は、場所は違えど私が先日体験した出来事にとても似ていた。
聞くと、その車は赤だったり白だったりスポーツカーであったりワゴンであったりと様々なようだが、決まってライトが近づいてくると思った瞬間に消えてしまうのだそう。
「ここ最近は大きな事故もなかったのに何でそんな噂が出るかねと、仲間と話しとったんやけどね」
その時、なぜだか私は話に乗る気になれなくて、不思議ですねと簡単に返すと違う話をしてしまった。
きっと姿を確認できるようになったのが、つい最近というだけなのだろうと思ったからだ。
彼らはずっと前からそこにいて、でも気付かれなかっただけなのだと。
対向車のなくなったトンネルでは、きっとよく見える。
そして当然私たちが使っているこの車線にも、運転する私たちに紛れるように、彼らはずっと前からここにだっているのかもしれない。
(終)