夜の渓谷でヤバイものに見つかってしまった

熊

※名前は全て仮名

これは二年前、友人の中野と趣味の渓流釣りをする為に、源流を目指してキャンプ道具を背負いながら泊りがけで釣りに行った時の話。

 

その日は快晴で、とても晴れ晴れしく、この後に起こる背筋も凍るようなあのおぞましい出来事を予見させるべくもなく、私たちは意気揚々と渓谷へと足を踏み出した。

 

禁漁から明けたばかりの渓谷は、人の気配など皆無。

 

竿を入れると必ずといっていいほど釣れる良型の岩魚に気分を良くする。

 

中野と代わる代わるに竿を入れつつ釣りあがって行くと、私たちより先に渓谷に入ったと思しき人が釣りをしていた。(釣りあがるとは、川の下流から入渓し、釣りながら上流に上っていくこと)

 

話しかけると、その人も一人で源流を目指し、一泊の予定で源流釣行に来たという。

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ヤバイ、殺される!

その人は佐々木と名乗り、大学でロッククライミング部に所属していたそうで、見るからに筋肉質で凄いガタイをしているのがフィッシングウェザーの上からでも分かるほどだった。

 

初めての源流釣行という事と、歳を聞くと私たちと同い年と分かり、意気投合した私たち三人は今日からの二泊三日を共にする事になった。

 

その日は本当に爆釣で、大きめのビクにも入りきれないほどの岩魚と、蕨(わらび)やふきのとうなどの山の幸も収穫した。(ビクとは、釣った魚を保管しておくための入れ物)

 

順調に釣りあがった私たちは、一つ目の魚止めの滝に遭遇した。(魚止めの滝とは、それ以上魚が遡上できない場所を指す)

 

本来はここでキャンプを張って一泊する予定だったが、佐々木というロッククライミングの達人と知り合ってしまったが為、私が中野に「佐々木もいることだし、もっと上に行こう」と提案したが、中野の顔が急に曇り始めた。

 

問いただすと、「この先は惨殺死体があがったこともある場所でヤバイ」とのことだった。

 

しかし佐々木のサポートもあってか、この岩壁を先導した佐々木の垂らすロープを使い、私たちはさらに奥地へと進むことになった。

 

魚止めと人止めを兼ねた滝を登りきった私たちは、まさに秘境とも言うべき未開に近い渓谷を意気揚々と釣りあがった。

 

しばらくすると日が暮れ始め、少し開けた場所に出た私たちは、そこでキャンプを開くことにした。

 

たくさん釣りすぎた岩魚を、刺身や塩焼き、岩魚の骨酒などにしたり、山菜と持参した米で作った炊き込みご飯で舌鼓を打つ。

 

一休みすると、「折角だから夜釣りに出よう」という事になり、ヘッドライトを使いつつ夜釣りに出る事になった。

 

今思えば、大人しく寝ていればあのような悲劇には会わなかった・・・と、後悔の念に駆られる。

 

「なぁ、木の下に誰かしゃがんでない?」

 

中野の何気ない問いかけに向こうを見ると、確かに何かがいる。

 

次の瞬間、見てはいけないものを見てしまった事に気付く。

 

私たちに気付いた『熊』は、急に立ち上がると咆哮を上げた。

 

「ヤバイ、殺される!」 と呟くや否や、中野は愚かにも後ろ姿を見せて走り出してしまった。

 

あっという間に追い付かれた中野は、熊の爪の一撃で脇腹を引っ掻かれ、のたうち回る。

 

このままではダメだと思った瞬間、佐々木が特殊警棒を取り出すと、熊の脳天めがけて豪快な一振りを見せた。

 

鼻っ柱に運良く命中した一撃は、熊を退散させるのに十分だった。

 

とても源流釣行どころではなくなった私たちは、道具もそのままに、中野に肩を貸しつつ沢を降りる事になった。

 

しかし、出血の激しい中野はとても滝をロープで降りれる状態ではなく、山に慣れている佐々木が一人で沢を降り、レスキュー隊を呼んで来ることに。

 

中野の付き添いで残ることになった私は、中野を気遣いつつ滝から広がる景色を見ていると、遥か遠くの川沿いに、佐々木のヘッドライトが動いて行くのが見えた。

 

負傷した中野の為か、物凄い速さで移動するライトの光を眺めつつ、「今日知り合った中野の為に全速力で走っているのか。ありがとう・・・佐々木」と私は思う。

 

しかし、この時に気づくべきだった。

 

ヘッドライトの光の不規則な動きと、なによりも足場の悪い渓谷で、決して人間が動ける速さではなかった事を。

 

私と中野は決して戻る事のない佐々木を待ちつつ、いつの間にか眠りこけた。

 

翌朝、たまたま通りかかった「県外から来た」という中年の釣り師一行の持つ衛星携帯電話で助けを呼んでもらい、ヘリコプターで救急病院へと搬送された。

 

それから三日後。

 

鼻が鈍器のようなもので殴られて折れていた熊が、私たちの入った渓谷付近の猟友会に仕留められた事と、その熊のねぐら付近で相当な距離を引きずられてボロボロになり、所々が食い千切られた無残な釣り人の死亡記事を目にした

 

(終)

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