幽霊なんて生きている人間と大して変わらない
これは、私が中学生だった頃の話。
最近、同窓会の案内が届き、当時を懐かしんでいたら思い出したことがある。
ちなみに現在の私はアラサーの女。
臨死体験をしていた?
先日、夜に寝ている時、ふと目が覚めると目の前に血を流した女の人がいた。
もちろん私は寝ぼけているし、起こされてムカついたので、その女の顔を思いっきり掴み、散々文句を言ったら消えたので寝直した。
これがオカルト板だったら、「気絶して気づいたら朝でした・・・」というオチなのだろう。
しかし、私は幽霊だからといって怖がる人間ではないから仕方ない。
それというのも、中学2年の時にある体験をしてから幽霊をむやみに怖がることがなくなったからだ。
私も小さい頃は、黒いモヤを見て怯えたり、夜中に部屋に血を流した女の人がいたら布団を被って震えていただろう。
そのせいかどうか、性格は内向的で大人しい子供だった。
「手のかからない子」と、よく言われた。
小学校高学年の時、親の仕事の都合で田舎から都会に引っ越した。
全校生徒100人もいない小さな小学校から、全校生徒1000人規模のマンモス校に変わり、環境に適応できるわけもなく・・・。
友人といえる人もほとんど出来ず、休み時間は机に突っ伏して、昼休みは図書館に行って過ごしていた。
男子からは悪口を言われる、物を隠される等のイジメを受け、女子からは無視され、むしろ空気として扱われていた。
そんな状況が何年も続き、内向的な性格はますます悪化し、やがて中学2年の夏になった。
その年の夏は例年よりも平均気温が高く、私はうだるような暑さの中、部屋の中で寝転がってぼーっとしていた。
そして、ふと何もかもがメンドクサクなった。
学校の人間関係とか、将来とか、自分を取り巻く何もかもが。
そして、その日から食事をしなくなった。
水は飲むが、ひたすら寝た。
夏休みに入っていたので、とにかくひたすら一日中寝ていた。
しかし、8月の中旬になった頃には、立とうとすると膝から崩れ落ちるようになり、起き上がることが出来なくなっていた。
一日中ぼんやりと布団の中で過ごしていた。
何を考えるでもなく、一日一日が終わるのを見ていた。
今なら拒食症という病名がつくのだろうが、親には夏バテだろうくらいにしか思われていなかった。
その頃から、同じ夢を毎日見るようになった。
気がつくと大きな川岸にいて、対岸を眺めている。
対岸にはモヤがかかっていてよく見ることが出来ないが、人がいるような影が動いている。
ぼんやりしていると、おじいさんがやって来て、「帰れ、帰れ」と言われて追い払われ、目が覚める。
10日ほど同じ夢を見続けただろうか。
時間の感覚がはっきりしないので分からないが、いつもは追い払われるだけだったのに、その日はおじいさんが話しかけてきた。
「お前はいつもいつもここにいるが、ここはまともな人間の来るところではない。分かったら帰りなさい」
それに対して私は、「来たくて来てるわけではない。私はろくでもない人間だし、帰ってもいいことはない。何だったら向こうに渡ってどこかに行ってしまいたいくらいだ」と答えた。
すると、おじいさんは面倒くさそうな顔をして、私を大きな建物に連れて行った。
建物の中は会議室のようなところで、私を連れて来たおじいさんを含め3人のおじいさんと話をした。
「ここは悪いことをした人間の来るところだ」
「お前は何故ここにいるのか?」
これらに対し、私は先ほどのおじいさんに言ったのと同じ説明をした。
すると、ある映像を見せられた。
詳しくは覚えていないが、吐き気をもよおすほどの残虐なことをしている人間の映像だったことは覚えている。
「悪いこと、ろくでもない人間とはこのような人間のことだ。お前はこんな人間なのか?」
おじいさんは私に聞いた。
私は映像の気持ち悪さに、涙目になりながら首を横に振った。
私はあんな人間ではない。
あんなことをする人間では決してない。
おじいさんはにっこり笑うと、次は別の映像を見せられた。
私の小さい頃からの思い出だった。
そして、思い出した。
毎日ご飯を作ってくれるお母さん。
笑わせてくれるお父さん。
遊んでくれたお姉ちゃん。
そして、私にも少なかったが友人がいたこと。
イジメを先生に報告してくれた子。
一緒に図書館で本を読んだ子。
気づいたら私は泣いていた。
私はまだ何もしていない。
健康な身体があって、何でも言えるし、何でも出来るのに、今まで何もしてこなかった。
でも、向こう側に行ってしまったら本当に何も出来なくなる、ということを本能で感じていた。
泣いている私におじいさんは、「向こう側に行きたいか?」と聞いた。
私は思いっきり首を横に振った。
おじいさんは安心しきったような笑顔で私の肩をぽんと押すと、後ろに倒れる感じがして・・・。
そこで目が覚めた。
布団から上半身を起こすと、急にお腹が空いている感覚がして、ぐーっとお腹が鳴った。
「お母さん、お腹空いたー」
そう話しかけると、母は私を見て驚いた顔をし、「痩せすぎじゃない?大丈夫?」と言った。
「そういえば最近全然食べてなかったじゃない?夏バテだと思ってたけど病院行く?」と心配されたが、大丈夫と言ってご飯を食べた。
身体のことを考えて少量づつ食べるようにしているうち、すぐに元のように食事が出来るようになった。
体重計に乗ると、65キロが45キロになっていた。
驚いた。
そして2学期が始まると別人扱いされた。
私は男子の悪口は完全無視をし、女子の大人しい子達のグループに入り、漫画の貸し借りをするくらい仲良くなった。
少しづつ他人と関っていこうと思った。
あとがき
あれは『臨死体験』だったのだろうか。
だとするなら、死とかあの世は意外と近くにあるのではないだろうか。
特別なことでもなんでもない。
死んだらあのおじいさんたちがいるところに今度こそ行くのだろうか。
だったら、そんなに怖いところではない。
話は通じるし、この世と大して変わらないようだったし。
そんなあの世とか死とかを考えているうちに、幽霊なんて死んでいるだけで生きている人間と大して変わらないのではないか、という気がしてきた。
死んでいるからなんだ、体がないだけなんだ、無意味に怖がるなんてそれこそ差別ではないか。
この世に存在して物理的に何か出来る生きている人間の方がよっぽど恐ろしい。
完全に中二病をこじらせた考え方だが、当時の私はそういう結論に達した。
それ以来、黒いモヤが見えても関わりたくなければ無視をし、夜中に血を流した女の人がいたら文句を言うようになった。
文句を言えば、意外とあっさり消えてくれる。
しつこいと殴った。
そんなこんなで私はアラサーになった。
今度同窓会があると葉書が届いた。
もちろん出席しようと思う。
(終)