入れ替わった死体
ある田舎でのお話。
マサオはいつだってニコニコしていた。
すこし頭が弱いところもあった。
その為、いつもいじめられていた。
中でも、特にガキ大将のタロウは、
おもちゃのようにマサオをいたぶって弄んだ。
時々、見かねてかばってくれる人もいたが、
マサオは殴られて赤黒くに腫上がった顔で、
ニコニコしながら「えへへ」と笑うだけだった。
ある夏の夜、村中の悪ガキを集めて
タロウが言った。
「先週死んだ山田のジィさんを掘り起こして、
死体を背負ってここまで持って来い。
それ出来たら、お前ぇの事、もういじめねえよ」
「勘弁してくれ。オラ、怖いの苦手だ」
「うるせぇ!今夜夕飯食ったら、
山の入り口に集まれ。マサオ、
逃げんじゃねぇぞ・・・」
タロウには考えがあった。
先回りして、自分が山田のジィさんの
墓に入り、死体に成り済ます。
何も知らないマサオが自分を背負う。
その時に、お化けのフリをして脅かしてやろう。
それで、山から出たら皆で大笑いしてやろう。
日が落ちて、山の入り口。
悪ガキどもが集まった。
マサオもいた。
いつもの様にニコニコして、でも
明らかに怯えきっていた。
そして、皆に急かされマサオが一人
山に見えなくなると、タロウも急いで
山の中へ消えていった。
真っ暗な山の中。
明かりは、手に持ったろうそくの炎だけ。
マサオは山々の出す音に肩を振るわせながら
半刻ばかり歩き、つい最近掘り起こされたような
真新しい土盛りの前に辿り着いた。
山田のジィさんの墓だ。
「ホントにすまねえが、今夜ばっかりは
俺におぶられてくれぇ」
独り言を言いながらマサオが墓を掘り始めると、
先回りして墓の中にいたタロウは、
笑いが止まらなかった。
『マサオのやつ、びびって
おっ死んじまうんじゃねぇか』
ようやく墓を掘り起こす頃には、
ろうそくの炎はとうに燃え尽き、
墨汁で染めたような暗闇。
「ジィさん、オラ、こわくてたまらんけぇ、
これから村まで走っていくからよ。
ジィさんを落とすような事があったら、
それこそ申し訳ないからな、
くくらせてもらうよぅ」
そう言いながら背中にタロウを背負い、
真っ赤な帯でしっかり自分と結びつけたマサオは、
山の入り口に向かって一気に走り出した。
タロウは笑いをかみ殺すのが精一杯だった。
こいつは本当に間抜けの大バカもんだ。
どんな顔をしてるんだろう。
きっと、これまで見た事もない
間抜けな顔をしているぞ。
小便も漏らしるんじゃねぇのか。
マサオの背中の上でほくそ笑んだ。
帰り道も半分にさしかかった頃。
よーし、そろそろ脅かしてやれ。
タロウはマサオの耳元で囁いた。
「おろせ・・・」
一瞬、マサオの方がビクッと固まったが、
足が止まる事はなかった。
「おろさんと、たたるぞ・・・」
「じぃさん、勘弁してくれぇ、
勘弁してくれぇ」
マサオの足は、そう言いながらも
山の入り口へ向かう。
タロウは思った。
これはまずい。
このまま村まで帰られると、マサオを
笑い者にしようと墓荒らしをしたことが、
村の大人達にもバレてしまう。
「おろさんと耳を食いちぎるぞ・・・」
タロウも必死だった。
村はもうすぐそこだ。
このままマサオを返すわけにはいかない。
タロウが耳にかじりついても、
マサオは走り続けた。
顔を、涙と鼻水でグチャグチャにしながら。
「じぃさん、勘弁してくれぇ、
勘弁してくれぇぇぇぇぇ」
と叫び続けながら。
そして、ついにマサオの耳は、根元から
ブチッと鈍い音を立てて取れた。
その時、マサオの足が止まり、呟いた。
その声は妙に冷ややかだった。
「ようぅ・・・オラが、こんなに
お願いしてもだめか・・・?」
・・・?
「オラが、ずっといじめられればいいと
思ってるんだな」
・・・こいつは何を言っているんだ。
「だったら、もうお願いしねぇ・・・。
無理矢理黙らせてやる」
そう言ってマサオは、懐から大きな
出刃包丁を取り出した。
タロウは度肝を抜かれた。
慌ててマサオの背中から飛び降りようとしたが、
帯で縛り付けられた体はビクともしない。
マサオが自分の背中に向けて、
出刃包丁を振りかざした。
タロウは叫んだ。
「ま、待て、マサオ!俺だよ、
タロウだ、タロウだ!」
こいつはやっぱりアホだ。
死人を刺し殺そうとしている。
あやうく間違って殺されるところだ・・・
しかしマサオは言った。
冷たく小さな声で。
「そんな事、最初から分かっているわい」
(終)