落武者の墓に踏み込んだ日の夜の恐怖
これは16年程前、群馬県の山奥にある、陸の孤島のような全寮制の中高一貫校で過ごしていた時の体験話。
学校から一番近い所にある自販機が5キロ先、一番近いコンビニまでは20キロという場所で寮生活をしていた。
部屋にテレビやネットなどの娯楽ツールも無く、自由時間にただただ暇を持て余す毎日。
当時中学生の我々にとっての遊び方は限られており、中でも有り余る元気を発散させつつ暇を消化するに最も適した術は、学校の周りにこれでもかというほど広がる森の中を散策し駆け回ることだった。
周囲の森は時期になると熊狩りの猟師が訪れるため、ミリタリーなどの分野に興味を持ち始める中二真っ盛りな我々にとっては、ショットシェルが散らばる森の中は宝が眠る場所でもあった。※ミリタリー=主に陸軍の軍服を模した衣服やスタイルのこと ※ショットシェル=散弾銃の弾薬
薬莢(やっきょう)集めや生き物と戯れるのを楽しみにして過ごしていたそんなある日、同級生5人程で山を散策することに。
せっかくだからと「今まで行ったことのない所まで行ってみようぜ!」ということになり、それまで降りたことのない崖のような山の中を駆け下り、未知の場所へと進んでいった。
しばらく駆け下りていると、傾斜がなだらかになり始め、次第に平坦になってきた所に『ソレ』はあった。
石を組んだ2メートル程の大きさの塚。
それが等間隔に30個程が並んでいた。
学校入学時、誰に聞かされたかは覚えていないが、“近くの山の中に平家の落武者の墓が沢山ある”というのを耳にしていたので、まさかこれがそうなのか?と思わず生唾を飲み込み、多少の恐怖心が芽生えた。
仲間も何人かはそれを知っていたようだが、大興奮で「うおー、スゲー!」、「これってもしかして落武者の墓かよ!?」などと騒ぎながら周囲を散策し始めた。
さすがに能天気すぎて少しは自重しろよ…などと考えていた私も、後から遅れて仲間に付いて行ったのだが、途中で足を滑らせてしまい、反射的に近くにあった木の枝を掴んだ。
たぶん、これがいけなかったのだと思う。
つい掴んだ枝をバキッと盛大に折ってなんとか踏み留まったが、見ると自分が掴んでへし折った枝は“塚から生えていた木の枝”だった。
やってしまったかな…と思ったが、まあ仕方ないしと仲間の後に続き、その先にあった滝などを見たりして、散々騒ぎながら帰路についた。
その後は特に何事もなく、食堂で夕食を食べ、寮でダラダラと仲間と過ごしているうちに消灯時間に。
ここからが、実に苦しい夜の始まりだった。
私がいた部屋は寮の2階にあり、部屋の奥にある窓からはベランダに出られる構造になっている。
そんな部屋に高2の先輩と二人で過ごしていたのだが、その時はたまたま同室の先輩が修学旅行の準備で帰省していたので一人だった。
仲間と散々騒いだ後、部屋に戻って寝に入ったのだが、しばらくすると部屋の外の踊り場から誰かの足音が聞こえ始めた。
最初は誰か暇を持て余して歩き回っているのだろうと思い、特に気にもせず眠ることに専念しようとした。
だが、ずいぶんと長い時間を歩き回っている足音に、いよいよちょっとこれはおかしいんじゃないか?と思い始めた頃…。
唐突に部屋の中でギシギシと誰かの歩く音が聞こえ始め、思わず背筋がビシッと強張った。
ここは古い寮なので、普段から部屋の外の足音はよく聞こえる。
だから、きっと聞き間違えているに違いないと自分に言い聞かせるも、足音は間違いなく自分がいるこの部屋の、それも自分のベッドのすぐ側から聞こえてくる。
これはヤバくないか?と思っていると、今度は真下の部屋の壁をバンバンと叩く音が聞こえ始めた。
この時点でもう私の頭の中は混乱の極みで何が起きているのかわからず、ただただ目を固く瞑り続け、起きている現象が過ぎ去ってくれるのを待つしかなかった。
しかし、音はさらに増えていった。
部屋の窓からベランダへ出るとすぐ屋根へ登ることができるのだが、屋根を踏むとベコベコと音がする。
その音が部屋の中で聞こえ始め、さらにそれと同時にバン!バンバンバンバン!と、外の壁を叩きながら何かが登ってくる音まで聞こえてきた。
さらに、いつの間にか部屋の中で歩き回る足音も3人くらいまでに増えていた。
焦燥の中で薄目を開けて周囲を見るも、人の姿はまったく確認できなかった。
私に霊感的なものが無かったのが幸いだったのかもしれない。
だが騒音の続く最中、これはどうにもならないと思い、とっさに近くにあった卓上電気をつけ、MDプレイヤーで音楽を流し、ただひたすらに「ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…」と唱え、布団の中でうずくまった。
すると少しずつ、体感では30分に一人ずつといった感じで、歩く音や叩く音が止んでいった。
その間もひたすら「ごめんなさい…」と唱え続けていたが、いつの間にか寝ていたようで、朝方に仲間に起こされ、事なきを得た。
その後、同じ寮の別室にいた先輩や仲間に昨晩のことを話してみるも、誰もその夜に件の騒音などを聞いた者はおらず、また別の寮で一緒に塚まで行った仲間もそういったことはなかったという。
なぜ私だけが?と理不尽な思いにも駆られたが、あの時に塚から伸びる枝を折ったのは私だけで、それに騒ぎに騒いだ憎悪が集中したのも仕方ないかと無理やり自分を納得させた。
それ以来は件のようなことは起きていない。
もちろんあんな体験は二度と御免なので、平家の墓があるような深い森の奥まで行くことはなかった。
最後に、もしあなたも山深い場所で石が積まれた塚らしきものが等間隔に並ぶ場所へ辿り着いてしまった時は、そっと立ち去ることをお勧めする。
手を合わせるくらいはいいのかもしれないが、その辺はあなたの思うままに。
ただ私はあの時、死が脳裏をよぎる程の恐ろしい思いをした。
(終)