片方の袖だけを縫い付けて寝てしまうと・・・
これは、和裁にまつわるほんのり怖い話です。
私の母は若い頃、和裁をしていました。
そして私が通っていた中学校では、秋の体育祭の時に女子が浴衣を着て地元の民謡を踊る、というのが恒例でした。
なので私は、どうせなら自分で縫った浴衣で踊りたいと思い、母に教わりながら浴衣を縫い始めました。
そんなある日、片方の袖を身頃に縫い付けたところで疲れたので、明日にもう片方の袖は身頃に縫い付けることにして針をしまおうとすると、母がこう言いました。
※身頃(みごろ)
衣服の、そで・えり・おくみなどを除いた、体の前面・背面を覆う部分。
「片方の袖を付けたら、必ず同じ日にもう片方の袖も付けてから寝なさい。そうしないと、なぜ片方の袖のまま放っておくんだ、と着物がやって来るから」
(はい?着物が恨みがましくやって来ると?お母さん、それはギャグですか?)
笑う私に、母は青ざめた顔でさらに言ってくれました。
「昔、和裁を習っていた先生が、寝ている時に怖い目にあったと言っていて。お母さんも信じてなかったから、一度片方の袖を付けたままで寝たら・・・」
母は、そこまで言って沈黙しました。
仕方ないので、私は眠い目を擦りながら両袖を身頃に付けてから寝ました。
普段、滅多なことで驚いたり怖がったりしない母の怯えた顔が怖かったのです。
また他の人の話では、夜中に片腕のお侍さんが出る、とも言っていました。
(終)