寝る直前に耳元で男の声が・・・
これは、何者かに呼ばれて行ってみた時の話。
ある晩のこと、美帆さんは寝ようと支度をしていると、「大赤山に行け」と耳元で声がしたという。※人・山ともに仮名
大赤山?と言われてはっとしたら、もう一度「大赤山に行け」と声がした。
それからは毎日、寝る直前に「大赤山に行け」と声がするようになった。
大赤山とは、美帆さんの実家近くにある山で、大昔は霊山として信仰を集めていたという山。
もちろん登ったことはなかったが、あまりにしつこく声がするので、美帆さんは日中に登ってみることにした。
自家用車を乗り継いで大赤山の麓に着いたが、正直この山で行くところと言えば、頂上にある神社ぐらいしかない。
仕方なく美帆さんは頂上の神社まで登ることにした。
大赤山は標高が千メートルほどあったが、幸い登山道は整備されていたので、登山用の特別な装備がなくても登ることが出来たという。
神社はさすがに由緒正しいものらしく整然としていたが、それ以外に何かあるわけでもない。
社殿に賽銭をあげて拍手を打ってみたものの、何か起こるわけでもなかった。
そして帰ろうと後ろを振り向くと、そこにいつの間に来たのか、男が立っていた。
スーツにネクタイ、革靴のサラリーマン姿で、どう見ても登山姿ではない。
男の顔は暗く滲んだようになっていて見えず、男の体もなぜか周囲の景色より色が暗く沈んでいるような気がしたという。
えっ?と驚いていると、突然その男の右腕がボトっと湿った音を立てて地面に落ちた。
美帆さんが悲鳴を上げると、男の影がパッと消えた。
こいつが呼んでいたのか・・・と思うと怖くなり、急いで山道を駆け下りたが、どういうわけか帰り道がわからない。
おかしい、登山道は一本だったはず・・・と思ったが、行けども行けども笹薮だった。
そして次におかしいと思った瞬間、笹薮の中にスーツの男が立っているのに気がついた。
絶句すると、片腕の男の体から、残っている方の腕が同じようにボロリともげ落ちた。
同じように悲鳴を上げると、やはり男の姿が掻き消えた。
美帆さんは半狂乱になって笹薮を下った。
その間にも、ふと顔を上げるとスーツ姿の男がいて、まるで映画を見ているように体のどこかしらが朽ちてゆくのだという。
右足、左足がもげると、今度はスーツが朽ちてなくなり、ネクタイ、ワイシャツまで剥がれ落ちると、今度は肉片がボロボロと崩れ、最後には体のあちこちから骨が覗くようになった。
死に物狂いで笹薮を駆け下り、夕方近くになってようやく駐車場にたどり着いた。
泣きながら車のエンジンをかけて、後ろも振り返らずに家に逃げ帰ったのだという。
それ以降、寝る前に男の声が聞こえることはなくなった。
なぜかはわからないが、あの男はそうすることで供養になるものだったのだろう、と美帆さんは語っていた。
(終)