人形に惹かれた父
これは俺と両親の体験談。
でも当時3歳だった俺は
当然覚えてなくて、
両親から聞いた。
俺の父は骨董商をやっている。
絵から古道具、茶道具、
なんだかよくわからない
ガラクタみたいなものまで
色んなものを取り扱ってるんだけども・・・
ある日、父は市(業者同士の
販売会みたいなもの)で、
ある人形に目を惹かれた。
それは陶器で出来た
西洋人形だった。
相当古いものであるのは
ぱっと見でも分かったらしい。
全体的にくすんだ色になったそれを、
なぜだか父は一目で気に入り、
買い取ってしまった。
当人曰く、売る気はなく
家に飾るつもりだったと言う。
・・・しかし、
それを家に持って帰って
母と一緒に眺めた時、
父はそれを購入したことを後悔した。
見た目があまりに無残だったのだ。
肌の表面はひび割れ、
髪は半ば抜け落ち、
ガラス製の目玉が一つ
内部に落ち込み、
カラカラと音を立てている・・・
「気味が悪い・・・」
母の一言が全てを表していた。
結局その人形は、一度も
我が家に飾られることはなく。
ベランダの物置棚の奥に、
新聞紙に包まれて
放り込まれることになった。
その夜のこと。
母は俺がうなされているのに気づいて
目を覚ました。
幼時はわりと引きつけなどを
起こしやすい質だったので、
もしかして・・・、
と思ったらしい。
身を起こして
息子の方へ近づこうとして、
彼女は息子の様子が
少しおかしいことに気がついた。
彼は、目を開けていた。
(うわごとじゃなかったの?)
しかし、息子は未だにぶつぶつと
何か呟き続けている。
「T(俺の名)くん、どうしたの?」
声をかけても反応しない。
ただ、ぶつぶつと
呟き続けるだけ。
「Tくん!Tくん!!
しっかりしなさい!!」
怖くなった母は
息子の名を強く呼び、
体を揺すった。
そうして、ようやく彼は
母の存在に気づいたようだった。
「どうしたの?
何を言っていたの?」
まだ少し虚ろな表情の息子に、
彼女は語りかけた。
息子はしばしの沈黙のあと、
ベランダを指差し、
こう答えた。
「おめめがひとつの人形が来たの。
あっちから」
彼女は、言葉を失った。
息子はあの人形のことは
知らないはずだった。
嫌な汗が流れてくるのを感じながら、
彼女は息子に尋ねた。
「お人形が来て、
それでどうしたの?」
「あのね・・・」
要約すると、何やら
色々と話をしたのだという。
が、
その内容が3歳児の語ることなので
全く要領を得ず、
時間の経過もあって、
記憶が曖昧になっているそうだ。
だが最後に一つだけ、
これだけはっきり覚えているものがある。
「だれにも話してはいけない話をした」
俺は、確かにそう言ったらしい。
母がどれだけ聞いても、
その内容だけは決して
教えなかったそうだ。
「人に話してはいけない。
話してはいけない。話したら・・・」
最後にそう言って、
そのままこてんと眠ってしまった。
翌日、母はそのことを父に話したが、
彼はなぜかそのことを知っていた。
俺が呟いていたことが
人形のことであるのに気づいて、
布団の中で震えていたらしい・・・
結局、
人形は捨てられることになった。
ビニール袋に入れ、
父がゴミ捨て場に
持って行こうとしたのだが、
急にずしりとした重量感を感じて、
袋を落としてしまった。
人形は、ただ落ちただけで、
なぜこれほど?と思うほどに
粉々になってしまったらしい。
父曰く、
「物に惹かれるということは、たまに
理屈抜きでこういうことがあるもんだ」
・・・と。
(終)