無念があって死んだ人は
これは、父が見た幽霊らしき者の話。
まだ私が幼かった頃のこと、親族15人くらいが集まり、バスを借りて旅行に行った。
目的地に到着すると、大きな湖の近くにテントを張り、バーベキューを始める。
しかし、運悪く途中で大雨に見舞われてしまった。
テントの中でも寝れそうにないくらいの酷い土砂降りだったので、バスで寝ることに。
ただ、大人たちはお酒も入っていて、バスの前方で宴会を始めた。
最終的に父と叔父だけが起きて二人で飲んでいたら、外から車体を何度もコツコツと叩く音がする。
窓から外を見ると、レインコートを着た若そうな女性が、傘も差さずに突っ立っていた。
父と叔父は、こんな雨降りの真夜中にずぶ濡れの女が?幽霊か?とゾッとしたらしい。
でも、足はある。
とにかくずぶ濡れではかわいそうだからと、タオルを貸すから中に入りなさいと促したが、「中には入れないので外に出てきてほしい」と言うばかり。
だがこちらも、土砂降りだし外に出てわざわざ濡れたくない。
「何か傘や拭くものが必要ならあげるから持っていきなさい」と言うと、女性は黙って去ってしまったそう。
二人は「なんであんなに頑なに断るんだ?」と不思議に思い、あることに気がついた。
現在地は山道の国道からさらに数キロも奥に入った所。
近くに民家もなければ、こんな夜中に一人で歩いて来るような所でもない。
そこで二人して気づき、酔いも覚めて無理やりに寝たんだそう。
翌朝、みんなにその出来事を話してみたが、酔っぱらいの戯言と笑われ、誰も信じなかった。
しばらくしてから、こんなことを聞いた。
女性の特徴から、その人は現地で目撃談の多い有名な『幽霊』。
駆け落ちの末、湖に投身自殺したという。
その後も親戚が集まる席で、あの時に誰が情報を集めたのか尾ひれがつき、30年近く経った今でもネタとして提供され続けている。
父と叔父曰く、姿形も会話も、疑いもしないくらい普通に人だったという。
「無念があって死んだ人って、死んだこともわからずに人の日常に紛れ込んでたりするのもんなのかねえ」
しんみりと呟いた父の言葉が、子供心に怖かった。
(終)