ある夫婦が行った最期の下準備
夫「おい、まだかよ?」
女房の背中に向かって、
俺は言った。
どうして女という生き物は、
支度に時間が掛かるのだろう。
妻「もうすぐ済むわ。
そんなに急ぐことないでしょ。
・・・ほら翔ちゃん、
バタバタしないの!」
確かに女房の言う通りだが、
せっかちは俺の性分だから仕方がない。
今年もあと僅か。
世間は慌しさに包まれていた。
俺は背広のポケットからタバコを取り出し、
火を点けた。
妻「お義父さんとお義母さん、
いきなりでビックリしないかしら?」
夫「なあに、孫の顔を見た途端、
ニコニコ顔になるさ」
俺は傍らで横になっている、
息子を眺めて言った。
妻「お待たせ~。
いいわよ。・・・あら?」
夫「ん、どうした?」
妻「あなた、ここ、ここ」
女房が俺の首元を指差すので、
触ってみた。
夫「あっ、忘れてた」
妻「あなたったら、
せっかちな上に
そそっかしいんだから。
こっち向いて。
あなた、愛してるわ」
女房は俺の首周りを整えながら、
独り言のように言った。
夫「何だよ、いきなり」
妻「いいじゃない、
夫婦なんだから」
女房は下を向いたままだったが、
照れているようだ。
夫「そうか・・・俺も愛してるよ」
こんなにはっきり言ったのは
何年振りだろう。
少し気恥ずかしかったが、
気分は悪くない。
俺は女房の手を握った。
夫「じゃ、行くか」
妻「ええ」
俺は足元の台を蹴った。
(終)
俺これちょっと意味わからん
一家心中の話です。
夫婦は先に殺した息子を傍らに、
首吊りの準備をしています。
妻の義父と義母(夫の両親)は、
すでに他界。
あっちの世界に孫を連れて、
今から3人で逝くという描写です。
二人で台を蹴った、ではなく俺が台蹴った描写にとどまっているので、子供と妻が無理心中したように見せかけたパターンも可能性ありですね…