近所でよく見かける白い猫
あの恐怖体験をするまでは、
私には猫を虐める癖がありました。
猫はとても用心深く、
人の姿を見るなり
パッと逃げてしまうので、
どうにも気に入らなかったのです。
『猫は自分より低い場所に居るものに
対しては、あまり警戒しない』
ということを、
ご存知でしょうか?
ブロック塀や自動車の屋根の上
の様な高い位置に居る猫には、
実は容易に近づく事が
出来るのです。
まず、
関係のない所に視点を置き、
時々、猫の方をチラチラと
うかがいながらそっと近づけば、
大抵の場合、
その場から逃げずに
待っていてくれます。
この時にチラチラ見る理由は、
こちらに敵意がない事を
知らせる合図なんだそうです。
私はその方法で難なく猫を
捕まえる事に成功しました。
それが禍々しい恐怖体験の
始まりだったとは・・・。
そいつは近所でよく見かける
丸々と太った白い猫で、
飼い主は特にいないらしく、
皆して餌をやるために、
これほど太ったようでした。
私はその猫の両脇を持って、
二度三度と自分の股の間を
ぶらぶらさせ、
勢いがついた頂点で思い切り
空中に放り上げてやったんです。
勿論、いくら猫嫌いの私でも、
別に地面に叩きつけて殺す
つもりはありません。
アクロバティックに近くの家の
窓の片屋根(ひさし)の上へと
着地させるつもりだったのです。
ところが、
その猫は想像以上に
運動神経が鈍かったらしく、
あれよあれよと
屋根の傾斜を転がり、
下まで落ちてしまいました。
猫は自分の体重を
足だけでは支え切れず、
顔から地面にぶつかり、
短く「ぎゃん」という
苦痛の悲鳴を上げました。
猫というのは私の経験上、
ちょっとやそっとでは苦痛の
態度を現わしませんから、
悲鳴を上げたということは、
落下のショックで脳か内臓にでも
ダメージを受けたのかも知れません。
この時、初めて私は
罪悪感に襲われました。
心配ですぐに駆け寄ろうとしましたが、
猫は怯えて脱兎のごとく
逃げてしまいました。
それっきりです。
以後、その猫の姿を見ることは
全く無くなってしまったのでした。
しかし、
それから随分と月日が経った頃・・・。
あれは夏の蒸し暑い、
夜のことでした。
私はもうすっかりあの猫の
ことなど忘れてしまい、
扇風機を回しながら、
彼女と二人で楽しく
テレビを観ていました。
・・・その時です。
不意に、
「ニ″ャーーン」
「ニ″ャーーン」
「ニ″ャーーン」
と、粘りつく様な
猫のしゃがれた鳴き声が、
家外の暗闇からネットリと
響いて来たのです。
とっさに目をやると、
片側に開け放った
曇りガラスの向こうに、
いつの間にやら白い影が
ゆらゆらと揺れていました。
私は直感的に、
あの白い猫だと悟りました。
次に蛍光灯がゆっくりと、
薄暗くなっていくのが
分かりました。
彼女はそれを見上げながら
オロオロするばかりでしたが、
私は彼女越しに見える
窓の白い影から、
全く目が離せませんでした。
尚も、薄気味悪い
鳴き声が続きます。
それはだんだんと、
猫というより人がふざけて
猫のモノマネをする様な声に
変わっていきました。
さらにそのうち、
「ぎゃーーん、ぎゃーーん、
ぎゃーーん、ぎゃーーん・・・」
と、大人の男が赤ん坊の
泣き真似をするような、
不気味な声に変化して
いったのです。
私も彼女も
逃げることすら忘れ、
完全に怯えて
固まってしまいました。
・・・そしていきなり!
網戸のところから、
真横に寝た男(人間)の頭が
にゅっと出て来て、
大声で怒鳴ったんです。
「ぎゃーーん!」
私達はあまりの光景に、
自らの目を疑いました。
その男の首は・・・
白い猫の横っ腹から、
キノコの様にニョキッと
生えていたからです。
(終)
最低なヤツの末路。