田舎に伝わる決して入ってはいけない場所に
これを話していいのか分からないが・・・
もう数十年前になるのかな、
中学1年生の時の夏の日。
実家が近畿地方(詳しくは言えない)の
とある田舎にあって、
毎年、夏になると、
家族みんなで婆ちゃんと
爺ちゃんに会いに、
そこへ帰省していた。
婆ちゃんと爺ちゃんの二人は
俺を本当に可愛がってくれて、
俺が帰ってくると、
大好物のトマトに砂糖をかけたおやつを、
いつも用意してくれたのを
今でも覚えている。
そして決まって、
近所の同い年の友達Hとその弟とで
一緒に遊んでいた。
自由に野原で鬼ごっこや、
雑木林でどんぐり集め。
公園では梅など採って遊んでいたが、
一つだけ入ってはならない所があった。
雑木林から少し抜けた先の、
周りを古めかしい高い壁に囲まれた、
殺風景な敷地だった。
入ってはならないと言っても、
中に入る門には、
錠前がかかっているから無理だ。
小さい頃から田舎に帰ってくる度に、
婆ちゃんからは、
「あの場所に近づいたらあかんよ。
子鬼様が居られるでな。
罰があたるで」
と、耳が痛くなるほどに聞かされたから、
条件反射で怖くなって、
俺は近づこうとはしなかった。
小さい頃からその敷地を避けて
3人で遊んでいたが、
その日は少し違った。
「なあなあ、
あの中に入ってみーひんか」
と、Hが敷地に指を差した。
俺はびっくりして、
「はぁ、あそこに入ったらあかんって、
お前も言われとるやろ」
と言った。
それをHは鼻で笑うように、
こう言った。
「大丈夫やって。
この辺はもう飽きるほど遊んだし、
知らんのはあそこだけや。
うちの婆ちゃんは、
あの中に入ったら子鬼様に
手毬(てまり)にされるとか言ってるけど、
もう中学生やで」
中学生になって、
少し強気になるというか、
俺は子供じゃない、
みたいな感じは分かると思う。
「迷信、迷信。
俺らを近づけたくないような、
なんかすごいお宝とか
隠されとるんと違うか?」
と笑いながら言った。
俺は尻込みして少し震えた声で、
「そんなんやめようや。
錠前もかかってるし」
と言ったら、Hはすかさず、
「あんなの錆びてすぐ壊せる。
お前、怖いんか?」
と言い返してきた。
よくありがちなパターンだが、
ここで引いては男が廃る・・・
みたいな気がして、
「・・・分かったわ。
門の前だけ行ってやるから、
中はお前だけ一人で行けよ。
ええな!」
と強めに言った。
その時、Hの弟は5歳くらいで、
人差し指を懸命にしゃぶっていた。
Hは咄嗟に近くにあった石を拾って、
錠前を壊し始めた。
ものすごく古い鉄の錠前で、
錆びてどろどろになっていた、
という表現が正しかったと思う。
俺も内心はドキドキしていた。
小さい頃から眺めていた門。
一体、何があるのだろう、
どうなっているのだろう、
と、ずっと思っていた。
恐怖心と好奇心が
ごちゃまぜになったような感覚で、
Hが壊している錠前を、
目を見開いて見つめていた。
Hが両手で全身の力を入れて、
石で錠前を5回くらい叩くと、
ヒビが入って割れ落ちた。
それを見たHは石を置き、
一つ深呼吸を入れると、
「じゃ、開けてみるで」
と言って、
ゆっくり両手で門を開いていった。
あまりに異様な中の風景に、
Hと俺は、体と目が止まった・・・
そこは一面、
平面に白い砂利が覆われていて、
真ん中にポツンと、
とても古いお社が建っていただけだった。
俺はとてつもなく嫌な感じがして、
背筋がゾクゾクして堪らなくなった。
「おいおい、これはあかんって。
もう行こう!」
と言った。
Hの弟は泣き始めた。
Hは震えながらも
白い砂利に足を入れた瞬間、
空気が変わった。
空気が変わったというか、
空気全体に体を押されて、
その場から動けないといった感じだろうか。
時が止まったような感じがして、
俺の心は一瞬からっぽになった。
次の瞬間、
『うふふ・・ふ・・・ふ』
と、子供か大人か、
はたまた男女か分からない声が
聞こえたような気がした時、
俺の体が危険を感じたというか、
気が狂うほどの恐怖が、
体の隅々まで駆け回った。
・・・そして気づいた時は、
泣きじゃくるHの弟の腕を握り掴んで、
必死に走って逃げる俺がいた。
もう、一目散で家に帰った。
その時ちょうど、
俺の両親と婆ちゃん爺ちゃんが、
団欒していた。
俺が泣きじゃくるHの弟の
腕を握り締めて、
鬼の形相で汗だくになって
そこに飛び込んできたのだ。
一瞬、場が凍りついたが、
ハァハァと息を切らしている俺を見て、
いきなり温和な爺ちゃんが、
「おい○○(俺)、
お前あの中に入ったんか!!
ばかもんが、あほたれ!!」
と、凄い剣幕で捲くし立て、
さらに殴ろうとした。
これまで俺に怒ったことのない
爺ちゃんを見て、
開いた口が塞がらなかった。
家族総出で爺ちゃんを抑えて、
一旦落ち着いた後、
今まで起きた事をすべて話した。
その後が奇妙だった。
村の人も地元の警察も
無表情で悲しげな顔をしながら、
“形だけ”のHの捜索をして終わった。
俺と両親は、
すぐに村から出て行くように言われ、
その日に帰った。
帰る時にHのお婆ちゃんが、
「Hちゃんが、Hちゃんが、
手毬にされてしもうた・・・」
と、泣き崩れているのが
印象に残っている。
その日を境に、
もう実家には帰っていないし、
爺ちゃんと婆ちゃんにも会っていない。
そしてもう一つ、
その日を境に変化したことがある。
とても嫌な夢を時々見るのだ。
深い霧がかかったあの敷地内で、
笑い声が聞こえる。
不意にそちらの方を見つめると、
おかっぱ頭で着物を着た子供が、
後ろ向きで手毬を跳ねているようだ。
そして、
いつも気づくのである。
笑っているのは子供ではなく、
子供が手でついている、
人間の頭だということを・・・
(終)
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