人さらいの噂が流れたヒナ川にて 1/2

田舎 橋が架かる川

 

僕が幼少時代に体験した話です。

 

川に沈んで見つからない死体が発端となった、

忘れられない恐ろしい出来事です。

 

状況ごとの区切りで読みやすいよう、

全六話構成となっています。

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第一話:記憶の糸のその先に

20年くらい前になろうか。

 

僕は、とある田舎町に住んでいた。

 

小学生の僕には小さな町での暮らしの中にも、

冒険と不思議が沢山あった。

 

友達と虫捕りや探検ごっこ、

それに野球などをして遊んだ。

 

ヒナ川とモズ川の間にあるグラウンドに、

皆で集合して毎日のように遊んだ。

 

当時、”人さらいの噂”が流れ、

一人で行くことは先生が禁止していた。

 

そんな中、

あの事件が起こった。

 

帰り道に人だかりが出来ていた。

 

ヒナ川に架かる弁天橋のたもと、

公園を兼ねた神社に、

 

根の張った桜の木があり、

ヒナ川に枝を広げている。

 

人混みを分け、

僕はやっとこさ一番前に出た。

 

警官達がたくさん見える。

 

野次馬のおばあさんと孫に聞いた話では、

 

桜の木から首を吊って自殺していた

女性が発見された。

 

住人が警察に通報したが、

 

到着前に枝が折れ、

女性は川に流されたそうだ。

 

人垣の向うに、

ヒナ川をさらう警官達の姿が見えた。

 

怖くなった僕は家路を急ぎ、

母親に泣きつき事件のことを伝えた。

 

この事件は先生達の間でも問題視され、

 

遺体が見つかるまでは生徒がヒナ川の方へ

遊びに行かないよう、

 

宿題の量が増やされた。

 

もちろん僕も、

 

自分から進んでグラウンドへ行きたいとは

間違っても思わなかった。

 

結局、

遺体はその後も見つからなかった。

 

第二話:平穏暫く

季節が一つ移ろった。

 

この学期、

僕の家に留学生がホームステイに来た。

 

目の青い大人びた中学生。

 

姉の交換留学相手だった。

 

慣れない長旅のせいで疲れたのか、

 

彼女は手短に紹介を済ませ、

トランクを開けて荷物を仕分け始めた。

 

すぐに土産物を取り出し、

僕らにくれた。

 

僕には実に心の躍るプレゼント。

 

それは、

ニュージーランドのブーメランだった。

 

“原住民の怨霊還し”と名の付いた、

木製の大きなものだ。

 

アボリジニの間では、

 

狩りに出る際の魔除けのお守りとして

大切にされていた。

 

※アボリジニ

オーストラリア大陸と周辺島嶼の先住民である。ただし「アボリジニ」に差別的な響きが強いため、現在では「アボリジナル」または「オーストラリア先住民」という表現も一般化しつつある。(wikipediaより引用)

 

デザインは酷いものだったが、

その重厚さは僕を魅了するに十分だった。

 

僕は勢いよく家を飛び出すと、

あのグラウンドへと走った。

 

不安は残っていたように思う。

 

しかし月日も経ち、

学校からも許可が下りていた。

 

目的のヒナ川まで、

僕は休むことなく走った。

 

弁天橋を駆け渡り、

 

二つ目の土手を滑るように降り、

グラウンドへ駆け込む。

 

とても強い風の中、

僕は五回六回とブーメラン投げを繰り返した。

 

風上に投げれば、

 

風に呑み込まれたブーメランが

勢いを増して僕の方へ戻ってきた。

 

不意に、

“人さらいの噂”が脳裏をよぎる。

 

刹那、土手の上に人の気配を感じ、

息をのんで僕はそっと振り返る。

 

そこには逆光に紛れ、

何者かの姿が浮かんでいた。

 

第三話:女伍子胥

※女伍子胥(おんなごししょ)

中国、春秋時代の楚(そ)の武人を伍子胥という。女伍子胥とは、「伍子胥のような女」を指していると思われる。

 

大きく傾いた夕日に照らし出された黒い影は、

どうやら女の様だ。

 

田舎の土手は都会と違って電灯も薄暗く、

昼間でも人通りが少ない。

 

僕は驚き、

 

目を瞬いて再び影の正体を

見極めようとしたが、

 

無理だった。

 

ちょうどその時、

一台の自転車が土手の上を走ってきた。

 

自転車が例の人影と同じ位置に差しかかった時、

影はスッと立ち消える様に見えなくなった。

 

時間を止められてしまったかのように、

僕はその場で凍りついた。

 

出来ることなら思い出したくなかった。

 

ヒナ川の弁天橋で目にした、

あの異様な光景を。

 

あがらない女の遺体を。

 

事件の前後に流れた、

正体不明の異常者の噂を。

 

ハッと我に返った僕は、

急いで家へ帰ることにした。

 

あの何者かの影に怯えていた。

 

土手を駆け上がり、

無我夢中でさっき来た道を戻っていく。

 

弁天橋が見えた。

 

同時に、

その中央にじっとうずくまっている者が見えた。

 

群青色(ぐんじょういろ)の服の、

紅い夕日を背にした女。

 

※群青色

やや紫みを帯びた深い青色。

 

はっきりと見ることは出来なかったが、

 

首をうなだれた女のびっしょりと濡れた

長い髪の毛の先から、

 

水が幾筋も滴り落ちる。

 

女がゆらゆらと立ち上がる。

 

僕は土手を走り、川下へ逃げた。

 

川下に行けば、

“ムジナの橋渡し”がある。

 

(続く)人さらいの噂が流れたヒナ川にて 2/2

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