人さらいの噂が流れたヒナ川にて 2/2

田舎 橋の架かる川前回(第一話~三話)までの話はこちら

第四話:青白と赤黒

大きな一枚板の丈の低い平らな橋。

 

それが、ムジナの橋渡し。

 

大半の子供達はこの橋を避ける。

 

欄干も外灯すらもないこの古びた橋は、

 

いつの時代に作られたのかも分からない程に

朽ちかけていた。

 

普段は絶対に渡らないこの危険な橋が、

今の僕にとっては希望を繋ぐ唯一の道だった。

 

途中、僕は転倒してブーメランを落すが、

もうそれどころではなかった。

 

陽は今まさに沈もうとしている。

 

灯りのないこの橋だけは、

陽が沈む前に渡りきらなくては。

 

辺りには人のいる気配はない。

 

何かあっても助けは期待できない。

 

僕はほんの少し戸惑った。

 

だが、不安を振り払い、

橋を渡りだした。

 

慎重に少しずつ進んだ。

 

その時だった。

 

弁天橋の女と目が合ってしまったのは・・・

 

女は口元を左右に吊り上げ、

血の滴る赤い瞳で僕を睨む。

 

女の右手がすっと上がり、

僕に手招きを始めた。

 

足が動いてくれない。

 

薄気味悪い程に青白く、

 

幾本もの濡れた髪に覆われた女の顔と、

頬を伝う赤い血の筋。

 

その不気味なコントラストが、

僕の足を硬直させた。

 

ただ時間だけが過ぎていった。

 

もうすぐ陽が沈んでしまう。

 

気持ちだけが焦るが、

 

女に手招きされ、

僕の勇気は薄闇の中に溶けてしまった。

 

第五話:氷の抱擁

遠くで寺の鐘の音が響いた。

 

暗闇を月光だけが照らしている。

 

立っていることが困難なほど、

足がガクガクと震えた。

 

女の手招きがゆっくりと繰り返される度に、

僕の体は川に落ちそうになる。

 

涙が溢れてぼやけた僕の目にも、

 

闇に浮かぶ女の赤い目だけは

はっきりと見えた。

 

見たくもないのに・・・

 

急に、女が薄笑いを浮かべた。

 

右手を差し出し、

僕のいる方向を掻き毟ったように思えた。

 

その直後に、

僕の前髪がグイっと手で引っ張られた。

 

僕は上半身を欄干のない橋から引きずり出され、

すっかり川底が見える体勢になった。

 

少しでも足の力を緩めたら、

ボトンと川に沈んでしまうだろう。

 

ヒナ川の流れは速く、

少し下流でモズ川に流れ込む。

 

落ちたらまず助からない。

 

僕は死の恐怖に泣き叫び、

落ちそうな体を必死で支えた。

 

だが、

恐怖は川底から僕を迎えに来た。

 

強張る体。

 

青白く、藻(も)に覆われた丸い物体。

 

魚に啄(つい)ばまれ、

ボロボロの赤黒い両目玉。

 

青紫の唇。

 

女の水死体が水中に漂っていた。

 

死体は僕を見つけると、

歪んだ笑みを浮かべた。

 

氷の様な青白い両手が水の中から現れ、

 

水滴を垂らし、

僕の首筋にじわりじわりと絡みつく。

 

必死の抵抗も虚しく、

僕の頭は徐々に水中に引きずり込まれていった。

 

第六話(最終話):未だ彷徨う

大きな物が突然僕にぶつかり、

それが川に落ちた。

 

波紋が女の姿を部分的にぼやけさせ、

件の両手も透明になった。

 

呪縛から解き放たれた。

 

僕にぶつかったのは、

“原住民の怨霊還し”だった。

 

僕は一息に橋を渡った。

 

死んだ女に道連れにされかけた恐怖から、

声をあげて泣きながら走った。

 

僕は土手を駆け上がった後、

立ち止まった。

 

弁天橋にはもう何もいない。

 

じっとりと汗ばんだ手を握って、

恐る恐るムジナの橋渡しの方を見つめた。

 

血と水の滴る手で、

女が口惜しそうに手招きを繰り返していた。

 

忘れられない言葉が暗闇から響いた。

 

『・・・デ。オイデ・・オ・・・イデ・・・・』

 

“誰かに呼ばれている気がする”

 

あなたにも一度はそんな経験があるだろう。

 

どうかお気を付けください。

 

あなたの背後から忍び寄る、

彷徨える女の手に。

 

(終)

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