酷く変わってしまった実家の環境

田舎

 

田舎に帰った時の話。

 

大学卒業後、俺は田舎から大阪に出た。

 

休みには帰省しようと思いながらも、あまりの忙しさになかなか時間が取れない。

 

親は「無理しないでいい」と言うので、お言葉に甘えて結局一度も帰省しなかった。

 

年は経ち、さすがに仕事にも馴れて余裕が出来たので、5年ぶりに実家へ帰ることにした。

 

帰る旨を伝えると、なぜか母が頑なに拒否する。

 

「おいおい、実の息子にそんなに会いたくないのかよ・・・」と思いつつ、俺も実家が恋しいわけでしつこく食い下がる。

 

すると、今度は父が電話に出る。

 

「分かった。ただし少し家の環境は変わってしまってな・・・。正直あまり見せたくない」と言う。

 

リフォームでもして失敗したのか?と思いつつ、俺は「OK~OK~。大丈夫だって」と言って電話を切った。

 

そうして、いざ帰省することに。

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尊敬していた兄が変わってしまっていた

新幹線に揺られ、バスに乗り、電車を乗り継ぎ、ようやく到着した懐かしの実家。

 

話とは違い、パッと見は全く変わっていない我が家。

 

辺り一面、相変わらず田んぼと山だらけだ。

 

父も母も電話での対応とは違い、喜んでくれた。

 

そしてもう一人、家には兄がいた。

 

兄も就職して都会に出てるはずなのに「どうして?」と思ったが、俺は久々に兄に会えたことが嬉しかった。

 

兄はいわゆる完璧超人で、顔も頭も人付き合いも良い。

 

大手企業に就職していて、結婚もしている。

 

自慢の兄で、多分この世で一番尊敬している人だ。

 

ただ、今ここにいる兄は、俺の知っている兄ではなかった。

 

イケメンだった兄の顔はまるで別人のようになっていた。

 

よだれを垂らし、目はあさっての方向を向いて、狂ったように『亥の子唄』を歌っている。

 

(亥の子唄とは地方民謡で、亥の子祭りという行事の時に歌われる歌)

 

俺は何が起こっているのか分からず呆然とした。

 

父に問い詰めると、どうやら俺が大阪に出てしばらくして兄は事故を起こしたらしい。

 

その後遺症でこうなったとか。

 

その後、兄は離婚して実家が引き取り、今に至るそうだ。

 

両親は俺に兄がこうなってしまったのを知らせたくなかったらしい。

 

母は「ごめんね、ごめんね・・・」と言いながら泣いていた。

 

父は黙って俯いていた。

 

俺はその日一日中、頭が真っ白になり、何も考えられず現実を受け入れられない状態だった。

 

夜になっても全く寝付けずボーっとしていると、ガラガラと玄関を開ける音が聞こえた。

 

時間は真夜中の2時。

 

「こんな時間になんだ?」と思い見てみると、兄が外に出ていた。

 

俺は慌てて兄を追いかけた。

 

すると兄は、田んぼにズカズカと入り込むと、昼間のようにまた狂ったように歌いだした。

 

「いのーこ いのーこ いのーこさんのよるは いーのこもちついて いわわんものは おにやじゃや つののはえたこうめ~」

 

俺はその時になって初めて、「ああ、兄は本当に狂ってしまったんだな」と実感し、泣いた。

 

そしてすぐに、両親に兄が田んぼで暴れていると報告した。

 

しかし俺の焦りとは裏腹に、両親は冷静だった。

 

「大丈夫。放っておいても大丈夫やから」

 

俺は耐え切れず、泣きながら兄を無理矢理に家へ連れ戻した。

 

翌朝、両親に訊くと、どうやら兄はほぼ毎日のように家を抜け出しているらしいが、ほっといても翌朝にはきちんと帰っているそうだ。

 

事実、俺が滞在した間、毎日夜になると抜け出し、朝には戻っていた。

 

そして瞬く間に時間は過ぎ、いよいよ休みも終わりに近づき俺は帰ることになった。

 

兄のこれからのことを父に訊くと、「兄のことは心配いらん。そのうち帰る時が来る」と言われた。

 

俺は「えっ?」となり、父の言ってる意味が分からなかった。

 

今でもその意味は分からない。

 

帰るもなにも、兄はそこにいる。

 

何を訊いても父は、それ以上口を開こうとしなかった。

 

そしてその時の父の顔を見て、背筋が凍った。

 

薄っすらと笑っている。

 

それによく聞くと、「ヒ、ヒヒヒ」という、しゃくり上げるような笑い声が口から漏れている。

 

母も同様に笑っている。

 

兄は後ろで相変わらず歌い続けている。

 

その様子があまりに異様で俺は耐えられなかった。

 

「また時間が取れたら来るから」と言い、足早にその場を去った。

 

薄情かもしれないが、本音を言うと二度と実家には戻りたくない。

 

(終)

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