口内海 3/3

 

私は起き上がって、

 

昼間、くらげに貰った飴玉を

一粒頬ばった。

 

甘い。

 

それは何に邪魔されることもなく、

純粋に甘かった。

 

私は母に頼んで水を持って来てもらった。

 

恐る恐る口を付ける。

 

一口、舌先で確かめるように。

 

二口、軽く口の中に含んで、

それから一気に飲んだ。

 

その時の水の味は一生忘れない。

 

ただの水がこんなに美味しいと

思ったことは無かった。

 

自然と涙がこぼれた。

 

今思えば入院生活はとても辛かったが、

泣いたのはあの時だけだった。

 

ようやく取れた水分を涙に使うなんて

もったいないと思ったが、

 

止まらなかった。

 

泣きながら医者と母に、

症状が治ったことを告げた。

 

医者がそんな馬鹿なという顔をする横で、

母も私と一緒に泣いてくれた。

 

頬を伝いに口の中に入ってきた涙は、

やはり、ちょっとしょっぱかった。

 

それから私は自分で言うのも何だが、

すさまじい勢いで回復した。

 

入院自体は短期間だったこともあり、

体力もすぐに取り戻した。

 

一学期の終業式には出られなかったが、

夏休みは十分エンジョイ出来そうだった。

 

その終業式の日、

くらげが再度見舞いに来た。

 

おそらくもう退院しても良かったのだろうが、

しばらく経過を見るということだったので、

 

入院はしているものの、もう点滴は外し、

病院内をうろちょろする元気も戻っていた。

 

「ああ、もう大丈夫みたいだね。

良かった良かった」

 

病室に入って来たくらげは、

そう言った。

 

ホッとした様子ぐらい見せてもいいのに、

 

彼はまるで読めないあの表情で、

口調も淡々としていた。

 

くらげはプリントの山をベッドの上に置いた。

 

夏休みの宿題。

 

どうやら、

これを届けるために来たらしい。

 

さっぱりしている。

 

らしいと言えばらしいが。

 

「いつ退院出来そう?」

 

「そうだなー。来週くらいには

帰れるんじゃないか?」

 

「ふーん」

 

それからしばらく他愛もない話をした。

 

「・・・そろそろ帰るよ」

 

くらげが立ち上がる。

 

そうして病室から出て行こうとしたが、

途中で「あ、そうだ」と言って振り返った。

 

「今回のことはね、

 

たぶん君に僕の病気が

うつったことが原因だと思う。

 

病状が悪化したっていうのかな」

 

私は、どきりとした。

 

くらげは薄く笑っていた。

 

小学校六年からの付き合いだったが、

 

彼のそんな表情など、

これまで見たことが無かった。

 

いや、笑ったところは見たことはあるが、

とにかく初めて見せる顔だった。

 

「だから、これからはあまり

一緒に遊ばない方がいいかもね。

 

僕に近寄らなかったら、

病気も自然に治るよ」

 

くらげはそう言って、

病室を出て行った。

 

彼と一緒にいると、

はっきりでは無いにせよ、

 

確かに私にも妙なモノが

見える時があった。

 

いや、見えるだけでは無い。

 

その声が聞こえたり、

時には軽く触れることも出来た。

 

くらげの病気。

 

それに私が感染してしまったために、

今回のことが起きたのだろうか。

 

私はしばらく考えていた。

 

なる程、

彼の言う通りかもしれない。

 

今まではただ面白いとだけ思っていたが、

実際に危険性が高まったとなれば話は別だ。

 

私は病室の窓に近寄り、

開いて頭を外に出した。

 

病室は二階にあったのだが、

 

そこからは病院の入り口を

見下ろすことが出来た。

 

しばらく待っていると、

入口からくらげが出て来た。

 

「おーい。くらげー」

 

あまり離れてもいなかったが、

私は大声でその名を呼んだ。

 

くらげが首をこちらに曲げる。

 

「よく分からんけどよ、

 

今回のコレ、

お前がなんとかしてくれたんだろ。

 

ありがとうな」

 

私がよく泳ぎに行くあの浜辺に、

 

女性の水死体が打ち上げられているのが

発見されたのは、

 

私の症状が治まった次の日のことだった。

 

因果関係は分からない。

 

証明だってしようが無いが、

無関係だとは思えなかった。

 

こちらが気付いていないだけで、

私は彼女と会っていたのかもしれない。

 

海の中で。

 

見初められたといえばいいか。

 

もちろんそれは、

もしかしたらの話だが。

 

「まあ、色々あるらしいから、

しょっちゅうは止めるけどさ。

 

たまには遊ぼうぜ。

それでいいだろ?」

 

正直、彼との付き合い方を

変えようと思った。

 

今回のような事態はまっぴらだ。

 

ただし、こんな面白い友人を、

自ら無くすこともない。

 

それが私の結論だった。

 

「そんでさ。

 

夏休みの間に一度くらい、

キャンプでもしようぜ。

 

退院したら連絡すっからさ」

 

くらげは長いこと私の方を見ていたが、

ふいに両手でメガホンを作ると、

 

「分かったー」

 

と、彼にしては大きな声でそう言った。

 

(終)

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