蛙毒(後日談)

あのペットボトルの家で老人の遺体が

発見されたと知ったのは、

 

それからまた幾日か過ぎた日のことだ。

 

道に蛙の入ったペットボトルが散乱し、

片付けもしないのかと、

 

文句を言いに来た近所の人間が

死体を発見したのだという。

 

私はそれを、あの駄菓子屋の

目の細いおばさんから聞いた。

 

その日は、私は友達数人と

普通に海に遊びに来ていた。

 

おばさんは私を覚えていたようだ。

 

「自由研究は進んだかえ?」

との問いにはもちろん、

 

「バッチリです」

と答えておいた。

 

「また見に来たのかねぇ。でも、

あの家はもう無いよ」

 

とおばさんは言った。

 

老人の死因は、熱中症と脱水症状による

衰弱死だった。

 

何でも、部屋の中で転んだ拍子に

足の骨を折ってしまい、

 

動くことも出来ず、

助けを呼ぶことも出来ず、

 

そのまま死んでいったのだそうだ。

 

出掛けようとしていたのか、

部屋は全て窓を閉めた状態だった。

 

そのせいで熱が中にこもり、発見された時、

室内はサウナのようだったという。

 

近所の人間が老人の死に気付いたのは、

『匂い』がきっかけだった。

 

死臭。

 

人が腐ったときの匂い。

 

「・・・その人は、いつ頃、

死んだんですか?」

 

尋ねる声が少し震えた。

それは演技でもなんでもない。

 

老人が死んだのは、

私とくらげがあの家を訪問した

前日のことだった。

 

私が戸を叩いた時、

家主は家の中に居た。

 

部屋から出ることも出来ず、

助けも呼べず、

 

じわじわと身を焼く暑さの中、

死を待つしかない。

 

その状況はまるで、

ペットボトルに閉じ込められた

蛙と同じだ。

 

「戸を開けた瞬間、すごい匂いが

ぶわっと湧いてきたそうでねぇ。

 

立ち会った内の何人かは、

そんで体を壊して、今でもうなされて、

起き上がれないんよ。

 

・・・嫌やねぇ、

死んでまで人様に迷惑かけて」

 

私は思う。

 

その発見者が戸を開けた時に

湧き出してきたのは、

 

本当に匂いだけだったのか。

 

生き物を閉じ込めて殺すことで生ずる呪い。

 

老人が最後に想った感情が

恨みであったとすれば、

 

扉が開かれた瞬間、

その恨みはどこへ行ったのだろうか。

 

駄菓子屋を出た後、私は友人たちと一旦別れ、

一人であの家へと向かった。

 

歩いていくと少しだけ時間がかかった。

 

日数が経っているからか、

事件現場だと示すようなものは

何も残っておらず、

 

塀の上に置かれていたはずのペットボトルも、

全て無くなっている。

 

門を開き、私は庭へと入った。

コオロギの水槽はそのままだった。

 

もう全部死んでいるだろうと思ったが、

驚いたことに、まだ生き永らえている

個体が居た。

 

餌も無いのにどうやって生きているのだろう。

 

玄関の前に立ち、家を見上げる。

 

なんということはない。

ただの古民家だ。

 

嫌な予感も、匂いも、何も無い。

 

私は玄関の戸に手を掛け、

開こうとした。

 

しかし、扉は動かなかった。

鍵がかかっている。

 

私は、しばらくその場に立ち尽くしていた。

 

あの日もこうやって、

ちゃんと鍵がかかっていたのだろうか。

 

私が扉を開けていたらどうなっていたのか。

 

くらげにはあの時、

何かが見えていたのではないか。

 

しばらく考えてから、

それらがいくら考えても答えの出ない

疑問であることに気づく。

 

そして私は空を見上げた。

 

青々とした空からは、

答えも、雨も、何も降っては来なかった。

 

(終)

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