屋上にはナナシが居た 1/2

昨日、無事に就職したことを報告する為に、

今は亡き親友の墓参りに行って来た。

 

その小さな墓前には、

あいつの好きだった忽忘草(わすれなぐさ)

押し花が置かれていた。

 

『死んだ人間は生きてる人間が

覚えててくれるけど、

 

死んだ人間に忘れられた生きてる人間は、

どうすればいいんだろうな』

 

そんなふうに笑っていたのを思い出す。

そして思い出す。あの日の事を。

 

その日、前日の夜のことを引きずったまま、

僕は学校に行った。

 

やっぱりナナシはいなくて、

アキヤマさんは何事も無かったように

教室にいた。

 

話しかけてみたが、

やはりいつもと変わらなくて、

 

昨日のことは全部、

夢か嘘みたいに思えた。

 

そうだ、あの変なものは、

たまたまかち合ってしまっただけだ。

 

あの悲鳴は、ナナシがタンスに

足でもぶつけたんだ。

 

そんなふうに無理矢理解釈しようとした。

 

そして授業が終り、

僕は荷物をまとめていたその時に、

 

「藤野(僕)、ちょっと、い?」 

 

アキヤマさんが僕を呼び止めた。

 

「何?」と聞き返すが、

アキヤマさんは「ちょっと付いて来て」

と言うだけだった。

 

仕方なく僕は、

アキヤマさんの後に続くことにした。

 

連れて来られたのは、

僕も何度かお世話になった

大きな病院だった。

 

アキヤマさんは無言で中に入り、

僕も後を追ううちに、屋上にやって来た。

 

・・・寒気がした。

 

そこは、ナナシの持つ、

お母さんとの写真に写っていた、

あの場所だったから。

 

「こっからね、おばさんは落ちたんだよ」

 

アキヤマさんは言った。

ゾッとするほど淡々とした声だった。

 

「あたしがお見舞いに来たときにね、

落ちて来たの。あたしの目の前に。

ケラケラ笑いながら。

 

顔がゆっくりグチャッて潰れてね。

気持ち悪かった」

 

いつも無表情なアキヤマさんが、

顔を歪めていた。

 

僕は何も言えず、

黙って聞いていることしか

出来なかった。

 

「おばさんはナナシにすっごい執着してた。

おじさんがよその女と逃げちゃったからかな。

 

頭おかしくなって入院してからも、

ナナシにはほんとに過剰に。

 

だから、あたしが仲良くするのも

嫌だったみたい。気持ち悪いよね」

 

と笑った。

 

僕はそんなナナシの過去は初めて聞いたし、

そんなふうに笑うアキヤマさんも知らなかった。

 

でもアキヤマさんの話は終わらず、

僕にとって最も衝撃的な一言を発した。

 

「屋上にはナナシがいた。

この、あたしが立ってる位置に」

 

それが何を意味する言葉なのか、

わからないほど馬鹿じゃない。

 

まさか、と思った。

 

でも確信してしまった。

 

「ナナシが・・・お母さんを・・・?」

 

「ここのフェンス、

おばさんが落ちるまでは

もうちょっと低かった。

 

寒い時期だったから、

他に誰もいなかったし。

ふふふ」

 

アキヤマさんは笑った。

 

アキヤマさんがおかしくなってしまった、

と思った。

 

そのくらい怖い微笑みだった。

 

「その日から、ナナシは段々おかしくなった。

パッと見、何も変わらなかったけど、

変なことをするようになった。

 

変なものも、あいつのまわりで見るようになった。

藤野もそうでしょ?いろいろ見たよね?

 

ナナシの家におばさんいたもんね?

あれは失敗だったみたいだけど。

たいしたことなかったし。

 

でもね、とうとうやっちゃったの!!!

 

あぶないとは思ってたよ?

やりすぎなんじゃないかなって?

 

でもやっちゃったの!!

もう手遅れになっちゃったんだよ!!!

知らない!!!!

あたし知らない!!!

もうなぁあんも出来ない!!!!!

あははははははははははは!!!!!

 

狂ったようにアキヤマさんは笑い出した。

 

怖かった。

 

アキヤマさんじゃない。

こんなのアキヤマさんじゃない。

 

僕は、アキヤマさんの両肩を掴んで

揺さぶった。

 

「なんで!!!!!なにが!!!

なにが手遅れなの!!???

ナナシなにやったの!!!!ねぇ!!!」

 

「だって!!!!!!

そ こ に お ば さ ん い る ん だ も ん

 

アキヤマさんがそう言って指差した先を見て、

僕は全身に鳥肌が立つのを覚えた。

 

言葉が何も出てこなくて、

嗚咽のようなものが漏れた。

 

そこには確かに女の人がいた。

 

ラピュタのロボット兵のように

手を垂らして、顔はうなだれていて、

真っ白いパジャマを着ていた。

 

そして、ゆっくり伏せていた顔を上げて、

グチャグチャに潰れた頭をコキッと横に曲げて、

目を見開いて、ニカッと笑った。

 

「うぁあぁっ!!!!!」

 

俺は叫んで後ずさった。

アキヤマさんは指差したまま笑っていた。

 

怖い怖い怖い怖い怖い。

それしか頭に無かった。

 

以前にもナナシの家で見たはずなのに、

全く雰囲気が違う。

 

気持ち悪いとしか言い様が無かった。

 

ナ母「キョウスケぇ、どうして逃げるのお?

ママ、悲しいなあ?」

 

おばさんがニタニタ笑いながら、

こちらに向かってくる。

 

『キョウスケ』はナナシの名前だ。

 

おばさんは、僕らをナナシだと

思ってるんだろうか。

 

「ちが、僕は、ちが」

 

ナ母「キョウスケぇえぇええっ!!!????!!」

 

おばさんが走って来た。

 

嫌だ、

気持ち悪い、

気持ち悪い、

嫌だ、

 

「いやだぁああっ!!!!」

 

目を瞑ったその時、

何かが燃えるような音がした。

 

顔を上げると、おばさんが燃えていた。

 

否、炎の中に消えたとでも言うのだろうか、

しかしその炎も消えていた。

 

「なに、いま、の・・・」

 

惚けていると、何かに腕を掴まれた。

振り向くと、アキヤマさんだった。

 

さっきまでと違い、

ハッキリした表情を浮かべているが、

すごく青ざめていた。

 

「ナナシんとこ、行こう。ヤバイ」

 

アキヤマさんは言った。

僕も同感だった。

 

僕らは手を取り病院を出て、

ナナシの家に向かった。

 

どのくらい時間が過ぎていたのか、

辺りはもう暗かった。

 

チャリを飛ばしてナナシの家に向かった。

 

後ろにいるアキヤマさんは、

ずっと無言だった。

 

僕も何も言えなかった。

 

やっとナナシのバカデカイ家の前まで来た時、

何か嫌な匂いがした。

 

焦げ臭い匂いだ。

 

(続く)屋上にはナナシが居た 2/2へ

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