蛍 1/4

八月。

 

開いた窓から吹き込んでくる風と共に、

微かに蝉の鳴き声が聞こえる。

 

時計は午後六時を回ったところ。

 

陽はそろそろ沈む準備を始め、

 

ラジオから流れてくる天気予報によれば、

今夜も熱帯夜だそうだ。

 

僕を含め三人を乗せた軽自動車は、

 

川沿いに伸びる一車線の県道を、

下流域から中流域に向かって走っていた。

 

運転席にS、

助手席に僕、

後部座席にK。

 

いつものメンバー。

 

ただ、Kの膝の上には

 

キャンプ用テント一式が入った

袋が乗っていて、

 

車酔いの常習犯である彼は

身体を横にすることも出来ず、

 

先程から苦しそうに頭を若干

左右に揺らしている。

 

僕らは今日、

 

河原でキャンプをしよう

という話になっていた。

 

Kが持つテントの他にも、

 

車のトランクの中には

食料や寝袋、

 

あとウィスキーを中心とした

お酒等も入っている。

 

夜の川へ蛍を見に行こう。

言い出しっぺはKだった。

 

何でも、彼は蛍のよく集まる場所を

知っているらしい。

 

意外に感じる。

 

Kはオカルティストで、

いつもならこれが

 

『幽霊マンションに行こうぜ』やら、

『某自殺の名所に行こうぜ』

 

となるのだけれど、

 

今回はマトモな提案だったからだ。

 

K「蛍の光を見ながら

酒でも飲もうぜ」

 

とKは言った。

 

反対する理由は無い。

 

でもそれだと車を運転する人が、

つまりSが一人だけ飲めないことになる。

 

K「お前だけジュースでも良いだろ?」

 

と尋ねるKにSは、

 

S「お前が酒の代わりに

川の水飲むならな」

 

と返した。

 

だったら、不公平のないよう

河原で一泊しようという話になった。

 

キャンプ用品はSが実家から

調達してくれた。

 

川の流れとは逆に上って行くにつれ

川幅は徐々に狭くなり、

 

角の取れた小さく丸い石よりも、

 

ごつごつした大きな岩が

目立つようになってきた。

 

D字状に旧道と新道が

分かれているところに差しかかる。

 

山沿いに大きくカーブを描いている

旧道に対して、

 

新道の橋は

まっすぐショートカットしている。

 

車は旧道の方へと入って行った。

 

川を跨ぐ歩行者用の吊り橋のそばに

車を停める。

 

吊り橋の横には

河原へと降りる道があった。

 

僕とSの二人で手分けして

荷物を河原まで下ろす。

 

その荷物の中には、

 

車酔いでダウンしたKという

大荷物も含まれていた。

 

川はさらさらと音を立てて流れている。

 

川幅は十四~五メートル

といったところだろうか。

 

対岸はコンクリートの壁になっており、

その上を県道が走っている。

 

時間が経ち、

陽の光が弱くなるにつれ、

 

透き通っていたはずの緑は、

段々と墨を垂らしたように黒くなってゆく。

 

蛍の姿はなかった。

 

出てくるのは完全に暗くなってからだと、

ようやく回復したらしいKが言う。

 

K「雲も出てるし、風邪もねえし、

絶好の蛍日和じゃん」

 

蛍は、自分達以外の光を

嫌うものらしい。

 

それがたとえ僅かな月明かりでも。

 

「Kって蛍に詳しいん?」

 

K「蛍だけじゃねえよ。

俺は昆虫博士だからな。

 

なにせヤツらは、

 

そもそもは地球外から降って来た

宇宙生物って噂だし」

 

ああなるほど、

と僕は思う。

 

そんなこんながあってから、

三人でテントを張った。

 

河原では地面にペグが

打ち込めないため、

 

テントを支えるロープを

木や岩などに結び付ける。

 

五~六人の家族用のテントなので、

中は結構広い。

 

そのうちKが、

 

小型ガスボンベに調理用バーナーを

取り付けて鍋を置き、

 

湯を沸かし始めた。

 

テントを張る時の手際を

見た時も思ったけれど、

 

Kは意外とアウトドア派なのだろうか。

 

Sに尋ねてみると、

 

S「・・・おかげでガキの頃は

色々連れ回された」

 

と嘆いてから、

 

S「いや、今もだな」

 

と付け加えた。

 

それからKは、

 

大きな石を移動させて

大雑把な囲いを作ると、

 

周りの木々を集めて組み立て、

たき火を起こした。

 

僕も手伝おうと薪を拾ってくると、

 

K「そりゃ生木だお前。

煙が出るだけだぞ」

 

と笑われた。

 

夕食が完成した頃には

陽はだいぶ落ちて、

 

辺りはオレンジ一色だった。

 

夕食は、

 

ぶつ切りにしたキャベツやニンジンや

玉ねぎやナルトや魚肉ソーセージを

 

一緒くたに放りこんだ、

ぞんざいなインスタントラーメン。

 

でも見た目はアレでも味は中々で、

鍋はすぐに空になった。

 

ラーメンが無くなると、

 

紙コップにウィスキーを注いで、

三人で乾杯した。

 

残ったキャベツやソーセージをつまみに。

Sは何もなしで飲んでいた。

 

(続く)蛍 2/4へ

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One Response to “蛍 1/4”

  1. あおば より:

    K「雲も出てるし、風邪もねえし、

    絶好の蛍日和じゃん」

    風 な?

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