蛍 4/4

次の日の朝。

 

起きると、テントの中に残っているのは

僕が最後だった。

 

外に出ると、

Sは河原の石に座って釣りを、

 

Kは底が硝子になっている

バケツを川に浮かべ、

 

網を持って何かを探していた。

 

その日は、すっきりと

雲ひとつない天気だった。

 

川の水で顔を洗ってから、

釣りをしているSの元へと行ってみた。

 

「釣竿なんか持って来てたっけ?」

 

と僕が尋ねると、

 

S「昨日、そこの茂みで拾った」

 

と言う。

 

じゃあ餌は何を使っている

のかと聞けば、

 

昨日のうちにテジロちゃんを

捕まえておいたので、

 

それを使っているらしい。

 

見せてもらうと、テジロは

本当に手の先が白かった。

 

ちなみにSはこの後、

 

立派な岩魚を二匹釣るという

快挙を成し遂げた。

 

塩焼きにして昼飯になったのだけれど、

すごくおいしかった。

 

Kの元へ行くと、

 

彼はゴリという名の小魚を

捕まえようとしているらしい。

 

ちなみに彼はこの後

ゴリを十匹ほど捕まえ、

 

それは昼飯の味噌汁の

具になるのだけど、

 

ゴリは骨ばってて

とても不味かった。

 

二人とも元気なことだ、

などと思いながら、

 

僕は河原を行ける所まで

散歩していた。

 

その時、

 

ふと足元に黒い昆虫の死骸が

落ちていることに気が付いた。

 

十字の模様がついた赤い兜に、

黒い甲冑。

 

拾い上げてみると、

それは一匹の蛍の死骸だった。

 

そのまま持ち帰って

Kに見せてみた。

 

K「おう。蛍だな」

 

ちらりと見やりそれだけ言うと、

 

Kはまた腰をかがめて

水中に意識を戻した、

 

かと思うと、

 

がばと起き上がり僕の腕を掴み、

もう一度その蛍の死骸を見やった。

 

K「ゲンジボタルじゃん・・・」

 

とKは呟いた。

 

「ゲンジボタルなん、これ?」

 

K「ああ、頭のところに

十字の模様があるだろ。

 

てっきりヘイケボタルかと

思ってたけど。

 

・・・でも、何でこんな時期に

出て来てんだコイツ。

 

一~二月くらいおせぇのに」

 

僕はもう一度、自分の手の中の

ゲンジボタルの死骸を見つめた。

 

Kは「おっかしいな~」

などと言いつつ、

 

ズボンから携帯を取り出すと、

何かを調べ始めた。

 

おそらく、インターネットでゲンジボタルの

生態でも確認しているのだろう。

 

K「・・・あ?」

 

しばらくして、

Kが妙な声を上げた。

 

携帯の画面を

じっと見つめている。

 

「・・・どしたん?

八月でも出ますよってあった?」

 

K「いや、そうじゃねえけど。

いや、これは俺も知らんかったわ」

 

「だから何が」

 

Kは開いた携帯の画面を

僕に見せながら言った。

 

K「ゲンジボタルの学名だ。・・・

 

『Luciola cruciata』ラテン語で、

『光る十字架』だとよ」

 

頭部の辺りに見える

黒い十字が見えるけれど、

 

これが十字架なのだろうか。

 

K「・・・何を祝福してんのか

知らんけど、

 

溺れた奴が全員

キリスト教でもねえだろうにな」

 

そう言ってKは「はは」と

小さく笑った。

 

光る十字架。

 

僕は昨夜の光を思い出す。

 

ゲンジボタルが光る時期より

一~二ヶ月遅れたこの季節は、

 

子供たちが川で遊ぶ季節だ。

 

そうして人が溺れて死んだ年だけ、

光る十字架たちは飛び回る。

 

全くの無関係なのだろうか、

それとも。

 

ふと、昨夜Sが口ずさんだ

歌を思い出す。

 

あの後、Sにあれは

どういう意味かと訊くと、

 

彼は面倒臭そうにこう言った。

 

『恋心に沈む自分の魂を、

蛍にたとえた歌だ』

 

昔から、人は人間の魂を

蛍の光に例える。

 

僕は首を振った。

僕には何も分からない。

 

昼食が終わった後、

 

僕らはテントを片付けて

荷物を車に運び込んだ。

 

出発する前にKが、

 

K「ちょっと待ってくれ」

 

と言い、

 

半分残ったウィスキーの瓶を持って、

吊り橋の上へと向かった。

 

何をするのかと見ていると、

 

Kは橋の上からウィスキーの瓶を

ひっくり返し、

 

残っていた液体を全て

川へと振りかけていた。

 

K「よ、待たせたな」

 

戻って来たKに、

 

何をしていたのか

尋ねようかとも思ったけれど、

 

止めておいた。

 

Kは何も言わなかった。

 

だったら、

こっちから聞く必要もないだろう。

 

車のエンジンがかかり、

僕らは川を後にする。

 

「いやぁ、でも、良いもの見たしね。

楽しかった」

 

走り始めた車内で、

僕は本心を言った。

 

S「そうだな」

 

と珍しくSも肯定してくれたので、

 

「また機会があれば、行こうよ」

 

と二人に提案してみる。

 

K「おう、そうか。

だったら、次は山だな」

 

とKが言う。

 

K「かなり遠いけどな。

 

昔、人喰いクマが出て

有名になった山があってな」

 

いやそれはちょっと勘弁してくれ、

と僕は思った。

 

(終)

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