ノック 7/10
僕「そんなこと・・・」
S「無いと言い切れるか?
お前、Kが言ってた、
犯人の女が失踪する前に残した、
遺書らしき手紙の内容覚えてるか?
確かな情報じゃないかも知れんが、
『息子の元へ行きます』って言葉は、
『息子の居場所』を知っている
者の台詞だ」
僕「・・・何年も行方不明で、
死んだものと思ったんじゃない?」
S「個人的な視点になるが、
俺はそうは思わない。
息子のために、
白熱灯ならまだしも、
部屋の窓を潰すような母親だぜ?」
僕「でも、だったら・・・、
行方不明は、狂言だったってこと?」
S「さあな。それは分からないな」
僕「狂言なら、まさか、
二人共生きてる・・・?」
S「いや。少なくとも息子は
死んでるだろうな。
だから、彼女は
誘拐事件を起こすんだよ。
動機については、
警察の見立てで間違ってないと思う」
居なくなってしまった
息子への想いから、
同じ年頃の男の子を誘拐しては、
数日間だけ一緒に暮らす。
息子と同じ部屋に閉じ込めて、
息子と同じように会話をしようと
話しかける。
S「つまり、だ。
俺は、母親は何らかの理由で
死んでしまった息子の死体を、
どこかに隠し、
周りには行方不明になった
と伝えた、と考えてる。
認めたくなかったのか、
他の理屈が働いたのかは
知らないがな」
そして、
一人に耐えきれなくなった母親は
誘拐事件を起こす。
息子の部屋で子供と接することで、
自分の子供は生きている
と思い込みたかったのだろうか。
けれども、
その行為を数回終えたところで
悟ったのだろう。
所詮、彼らは
自らの息子じゃないのだから。
僕「でもさ、何で、
その二人の死体が
『この家にある』
って分かるんよ?」
S「別に分かってるわけじゃない。
ただの希望的確率論だ。
自分の一人息子なんだから、
少しでも傍に置いときたい
と思うのが人情だろ」
そしてSは壁を二度、
コンコンとノックする。
S「・・・そして、だから、お前は
今日ここに来たんだよ」
僕「は・・・?」
紙風船から空気が抜けたような
間抜けな音が僕の喉から滑り落ちる。
僕「・・・僕が、何?」
S「言っとくが、今俺が言ったのは、
未だ真相でも何でもない。
全て想像と憶測の産物だ。
ただ、お前も、俺と同じように
考えたに違いないんだ。
否定するか?
お前は無意識下の元、
ロジックを組み立てたんだよ。
そうして、それを探したい、
見たいという欲求が、
ノックの音になって
意識下に現れたんだ」
僕「なっ、な、おい、何でSに
そんなことが分かるのさ」
S「お前に聞こえるノックの音は、
俺には聞こえない。
だとすれば、そいつは
お前の中で鳴っている音だ。
お前自身が脳みそを
ノックしてたんだよ」
僕「そんなこと言ったって、
僕は、この家の子が日光に
触れちゃいけない体質だったなんて、
初めて聞いたよ?」
S「数年前に、この事件が
世間で話題になった時、
そのくらいの情報は流れただろうな」
僕「し、知らないし、見てないし、
覚えてないし」
S「覚えてなくたって、
ちらりと見やっただけの情報も、
脳みそはちゃんと
保存しているもんだ」
そんな馬鹿な、と言おうとしたけれど、
それより早くSが口を開く。
S「じゃあ聞くが。
お前、この家に入ってから、
ノックの音は聞いたか?」
その言葉に僕は絶句する。
確かにそうだ。
この家の中に入ってから、
それまで僕を誘導していたノックの音は
ぱたりと止んだ。
まるで、その役目を終えたかのように。
S「その音の役割は、お前を、
親子二人の死体がある『らしい』
この家に連れて来ることだ。
ここまでは無意識下で
組み立てられても、
肝心な死体がどこにあるかなんて
分からないからな。
誘導しようがないのさ」
僕は目を瞑り、
後ろの壁にもたれかかる。
身体から、どっと
力が抜けてしまったようだ。
Sが小さく笑って、
僕の肩を叩く。
S「もう、ノックが聞こえることは
無いだろ。
ま、喜べよ。
Kにいい土産話が
出来たじゃないか」
全く慰めになってない。
僕は力なく笑った。
それは結局、
僕は自身の思い込みに従い、
大きな大きな無駄足を踏んだということだ。
S「帰るか」
と言うSの言葉に、
僕は黙って頷いた。
トボトボとSの後ろを付いて
家を出ることにする。
当初、ノックの主に呼ばれているだなんて
思っていた僕が馬鹿みたいだ。
それでも、
と頑張って思い直す。
今日の体験が非常に不思議で、
なおかつドキドキワクワクして
面白かったことは間違いない。
ノックの音に誘われて、
僕はこんなところまで来てしまい、
そこで起こった事件の裏の一面を、
少しでも垣間見たかもしれないのだ。
まあ、良い体験をしたと思おう。
玄関のある部屋まで戻る。
Sはもう靴を履いて外へ出ていた。
これから、あの外した玄関の戸を
元に戻さなくてはいけない。
立つ鳥跡を濁さずってわけだ。
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