エレベーター 1/4

エレベーター

 

大学1回生の秋だった。

 

午後の気だるい講義が終わって、

ざわつく音の中、

 

ノートを鞄に収めていると、

同級生である友人が声を掛けてきた。

 

「なあ、お前って、

なんか怪談とか得意だったよな」

 

いきなりだったので驚いたが、

条件反射的に頷いてしまった。

 

「いや違う、そうじゃなくて、

怪談話をするのが得意とかじゃなくて、

 

あ~、なんつったらいいかな」

 

友人は冗談じみた笑いを

浮かべようとして失敗したような、

 

強張った表情をしていた。

 

「・・・怖いのとか、平気なんだろ?」

 

ようやくなにが言いたいのかわかった。

 

彼の周囲で何か変なことがあったらしい。

 

だが頷かなかった。

 

平気なわけはない。

 

「外で聞く」

 

まだ人の残った教室では、

あまりしたくない話だ。

 

俺はその頃はまだ、

出来るだけ普通の学生であろうとしていた。

 

夕暮れの駐輪場で、

自転車にもたれかかるようにして経緯を聞く。

 

彼は郊外のマンションに、

一人で住んでいるのだと言った。

 

エレベーター完備の10階建てで、

見通しの良い立地場所なのだとか。

 

親が弁護士で、

仕送りには不自由していないのだそうだ。

 

口ぶりから自慢げな雰囲気を

嗅ぎ取った俺が、

 

「帰っていい?」

 

と言うと、

 

ようやく、そのマンションで

気味の悪いことが起こっている、

 

という本題に入った。

 

「エレベーターで1階に降りようとしたらさ、

 

箱の現在地の表示ランプが、

上の方の階から下がってくるわけよ。

 

それで、自分トコの階まで来たら

開くと思うじゃない?

 

それが、

なんでかそのまま通過するんだよ。

 

ちゃんと下向き矢印のボタン、

押してるのに」

 

それが頻繁に起こったので、

彼は管理人に電話したのだそうだ。

 

故障しているのではないかと。

 

しかし数日後。

 

「業者に見てもらったが、

正常に作動中」

 

だとの返答。

 

他の住民に、

 

「最近、エレベーターの調子、

悪くないですか」

 

と聞いてもみたが、

 

「さあ」

 

と返されただけだった。

 

「箱の現在地が下の方の階にある時だって、

同じことが起こるんだ。

 

ボタン押して待ってても、

開かずに通り過ぎるんだよ。

 

それでランプ見てると、

上の方の階で停止してるだろ。

 

上の階の人が先にボタン押して

箱を呼んでても、

 

途中の階で後からボタン押したら

ちゃんと止まるよなあ。

 

デパートとかだと。

 

まあでも設定が違うのかもと思ってさあ、

 

イライラしながら待ってたら

やっとランプが降りてきて、

 

自分トコの階で止まるわけよ。

 

それでドアがスーッと開いたら・・・」

 

彼はそこで言葉を切って、

微かに震える声で言った。

 

「誰もいないわけよ」

 

ちょっとゾクッとした。

 

確かになにか変だ。

 

自分の階をスルーして、

上の階で止まったのはなんなのだ。

 

誰かが乗ろうとして、

エレベーターを呼んだのではないのか。

 

「そんなことが続いてさあ。

もうなんか、気味悪くて」

 

俺の部屋、4階なんだ・・・

 

それがさも因縁めいているかのように

彼は言う。

 

「しかも、5号室。

 

てことは、ひぃふぅみぃよぉの、

4つ目の部屋なんだ・・・」

 

最悪だよ。

 

そう言って溜息をついた。

 

彼はそういう数字的なものを

気にするタイプらしい。

 

サッカー部に属している彼に

快活なイメージを持っていた俺は、

 

そのうなだれる姿を意外に思った。

 

俺は腕時計を見た。

 

見たところで、

今日はもうなんの予定もないことに気づく。

 

「今からそこに行ってもいいか?」

 

友人も俺に習ってか、

儀式的に腕時計を見た後、

 

「いいよ」

 

と言った。

 

俺が行ったところで

問題が解決するとは思えないが、

 

少なくともなにか怖い目には

遭えるかも知れない。

 

友人がこの話を俺にしたのも

案外解決という目的ではなく、

 

漠然とした『共有』のためかも

知れないじゃないか。

 

好奇心は猫を殺す。

 

思わずそんな呟きが、

自嘲気味にこぼれ出た。

 

好奇心は猫を殺す(wikipedia)

「猫に九生あり・猫は9つの命を持っている/猫は容易には死なない」ということわざがあり、そんな猫ですら、持ち前の好奇心が原因で命を落とす事がある、という意味。

 

昨日の夜。

 

漫画を読んでいてそんな言葉が出て来たのが、

まだ頭にこびりついていたらしい。

 

俺にぴったりの格言だと思う。

 

けれどその頃の俺は、

 

手に届く距離にあるオカルトじみた話を、

無視出来る心理状態になかったのは確かだ。

 

「克己心じゃなかったっけ」

 

という、

友人の間の抜けた声が聞こえた。

 

※克己心(こっきしん)

自分の欲望をおさえる心。自制心。

 

夕暮れが深まる中を、

自転車で駆けた。

 

密集した住宅街から少し離れた郊外に、

友人のマンションはあった。

 

上空から見たとすれば、

 

それは大きなLの字のような構造を

しているようだ。

 

駐車場に自転車を止め、

 

夕日に巨大な影を伸ばす、

その威容を見上げる。

 

到底、学生向けの物件には見えない。

 

実際、敷地内には、

 

小さなブランコや昆虫の形をした遊具が

散見できた。

 

ここには小さな子どものいる、

多くの家族が住んでいるのだろう。

 

「いいとこ住んでんなあ」

 

と漏らしながら、

友人の後をついて玄関へ向かった。

 

1階のフロアに入ると、

すぐ正面にエレベーターが現れる。

 

L字のちょうど折れているあたりだ。

 

右手側と振り返る背後に、

各部屋のドアが並んでいる。

 

「階段もあるけど、

あっちの端なんだ」

 

と、友人は背後の

L字の短い方の端を指差した。

 

「ちょっと不便な感じ」

 

そう言いながら、

 

友人は思ったよりあっさりと

エレベーターの上向き矢印ボタンを押した。

 

現在の階数表示では、

5階のランプが点灯している。

 

あまり待つことなく

すぐにランプが降りてきて、

 

1階のそれが一瞬点灯するかしないかのうちに

扉が開いた。

 

「なんか、前振りあった分、緊張するな」

 

そんなことを言って、

友人は中に乗り込んだ。

 

俺も後に続く。

 

『4』のボタンを押してから、

『閉』のボタンを押す。

 

扉が閉まる。

 

閉まる瞬間、

正面の灰色の壁に、

 

顔のような模様が見えた気がして

ドキッとする。

 

音も無くエレベーターは上昇する。

 

息が詰まる。

 

「今も、目に見えない誰かが

乗ってたりすんのかな」

 

友人は軽い口調でそう言う。

 

微かに語尾が震えている。

 

(続く)エレベーター 2/4

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