エレベーター 4/4

エレベーター

 

そうして小一時間、

無為にブランコを漕いでいた俺たちだったが、

 

辺りがすっかり暗くなり小腹も空いてきたので、

もう帰ろうと腰を浮かしかけた時だった。

 

PHSに着信があり出てみると、

 

俺に件の『目に見えないジョーカー』の

忠告をした人からだった。

 

俺のオカルト道の師匠だ。

 

あさって行く予定の心霊スポット

についての確認の電話だったが、

 

俺はついでとばかり、

今居る場所と、

 

そのマンションのエレベーターについての

噂を知らないかと聞いてみた。

 

『知らない』

 

そんなに期待した訳ではないが、

 

地元民でもないのにやたらと

こういう話を仕入れている彼ならば、

 

ひょっとして、と思ったのだ。

 

やっぱりね、

 

というニュアンスの言葉で

切ろうとしたのが気に障ったのか、

 

詳しく話せという。

 

そこで俺は、

 

友人の体験したいくつかの例や、

今日あったことなどを手短に告げた。

 

師匠は少しのあいだ押し黙ったあと、

 

『そのエレベーターのところで待ってて』

 

と言って、

電話を一方的に切ってしまった。

 

何かわかったのだろうか?

 

電灯に照らされたマンションの入り口へ歩く。

 

「何?誰?」と訊く友人に、

「サークルの先輩」とだけ説明してかわす。

 

彼が何者かなんて、

俺だって知りたいのだ。

 

コツンと靴の音が響く。

 

エレベーターの前に立つと、

不思議な感じがした。

 

マンションという匿名の箱の中の、

さらに匿名の空間。

 

今閉じているこの扉の向こうに、

誰がいるのか俺は知らない。

 

階数表示の光だけが流れ、

人の動きを想像する。

 

そこには本当に人がいるのか、

俺にはわからない。

 

いや、わからなくなった。

 

顔の無い幻影が彷徨うイメージが、

一人歩きし始めた。

 

PHSの着信音で我に返る。

 

等間隔に伸びる天井の電灯が、

通路を照らしている。

 

『お待たせ。

 

色々書いてある表示盤は外にある?

無かったら中に入って』

 

言われるまま、

友人を促してエレベーターの中に入る。

 

『操作盤の中か近くに、

 

なんか色々書いてるシールか

プレートがあるだろう。

 

メーカー名はなんて書いてある?』

 

閉じそうになった扉を手でガードして、

『開』ボタンを友人に押していてもらう。

 

「えーと、外国製っぽいです。

どれがメーカー名だろ・・・」

 

どうやらこれらしいという文字を見つけて

読み上げる。

 

師匠は電話口で笑いを堪えているような

音を立てた。

 

『OK。

 

じゃあ、もう一人の友だちに

3階に行ってもらって』

 

師匠はいくつか指示を飛ばしてから、

電話を切った。

 

俺たちは何が起こるんだろう

という不安な気持ちで、

 

それでも言う通りにする。

 

1階に俺、

3階に友人という布陣で、

 

それぞれエレベーターの前に立った。

 

そして1階からエレベーターの中に

乗り込んだ俺は、

 

指示された通りに中の操作盤で、

 

5階と『閉』のボタンを2本の指で

同時に押した。

 

それから、

通話中にしていたPHSで友人に、

 

「押した。そっちも押して」

 

と言う。

 

打ち合わせ通り、

 

友人も3階で下向き矢印のボタンを

押したはずだ。

 

ほどなくして扉が閉まり始める。

 

向こうの壁の模様が、

やっぱり何かの顔に見えた。

 

シミュラクラ現象、

シミュラクラ現象と、

 

最近知ったばかりの心理学用語を

お経のように頭の中で唱える。

 

シミュラクラ現象(wikipedia)

人間の目には3つの点が集まった図形を人の顔と見るようにプログラムされている脳の働き。

 

ゆったりと箱が上昇する感覚があり、

すぐに3階で停止するはずと身構える。

 

しかし、

箱は3階では止まらず、

 

5階のランプが点いたところで静止し、

扉が開いた。

 

夜風が侵入してくる。

 

外には誰もいなかった。

 

足を踏み出し、

 

呆けたままの俺を残して、

背後で扉が閉じた。

 

階段を駆け上ってきた友人が、

軽く息を切らせて通路の端から飛び出てくる。

 

「何だ今の。なんで通り過ぎるんだ」

 

「そっちこそ、

ちゃんと3階でボタン押した?」

 

「押した。

矢印のランプも点灯してたし」

 

まるきり友人が体験してきた、

怪現象の再現だ。

 

師匠から着信。

 

「ナンですかコレ」

 

声が上ずる俺に、

師匠はバカバカしいというような口調で、

 

『急行モード』

 

と言った。

 

『外国製のエレベーターの中にはあるんだよ。

こういう裏コマンドが』

 

このメーカーの物は、

 

『閉』ボタンと目的階ボタンを

同時押しすることで、

 

その後に、どこの階で

呼び出しボタンが押されても、

 

すべてキャンセルされるのだそうだ。

 

現在の階数表示を見上げると、

5階のままだ。

 

この扉の向こうに、

まだ箱はある。

 

友人が3階で押した呼び出しボタンは

無視されているのだ。

 

「ということは・・・」

 

『そう、

 

そのマンションの連中は、

それを知ってて普段から使ってるってこと』

 

そう言ってから最後に、

 

『あさって遅れんなよ』

 

と付け加えて、

師匠は電話を切った。

 

俺は今日あったことを思い浮かべる。

 

荷物を友人の部屋に置いて

4階から下に降りようとした時、

 

上の方の階から箱が下りてきたのに、

4階を素通りして1階まで行って止まった。

 

あの時、

一緒にいた主婦は舌打ちをしていた。

 

あれは、急行モードを使った誰かに

舌打ちをしていたのだ。

 

友人が先日その主婦と乗り合わせた時、

その時も彼女は舌打ちをしたという。

 

それは、

他人が一緒に乗ったことで、

 

急行モードが使えなかったことに対する

苛立ちだったのだろうか。

 

友人が体験したことを一つ一つ検証しても、

 

すべてこの急行モードの存在で

説明がつくようだ。

 

あっけなく解決してしまった怪現象の正体に、

俺たちは拍子抜けして立ち尽くしていた。

 

目に見えない扉の向こうに怯えていたのが、

馬鹿らしくなってくる。

 

あの子どもたちも知っていたのだろうか。

 

道理で話に乗ってこないはずだ。

 

きっと親から秘密にするように

言われているに違いない。

 

これ以上、急行モードを知る人が

増えないように。

 

そうだ。

 

自分だけ知っていればいいんだ。

 

他人が使う急行モードは

迷惑なだけなのだから。

 

「オレ、やっぱり怖いよ」

 

友人がぽつりと言った。

 

他人を待たせても自分が便利なら

それでいいと思うその心理に、

 

俺も背筋が寒くなる思いがした。

 

きっとそれは匿名だから。

 

エレベーターの前で待ちぼうけを

食わされる人が匿名だからだ。

 

誰だか知らない人を待たせる悪意。

 

誰だか知らない人に苛立つ悪意。

 

そんなささやかな悪意が

このマンションに充満して、

 

それが俺たちの心をどうしようもなく

暗く沈ませるのだった。

 

友人は2回生にあがる時、

2階建てのアパートへ引っ越した。

 

それまでの間、

彼は階段しか使わなかったそうだ。

 

(終)

次の話・・・「人形 1/5

原作者ウニさんのページ(pixiv)

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