血(後日談)
大学1回生の秋。
借りたままになっていたタリスマンを返しに、
京介さんの家に行った。
「まだ持ってろよ」
という思いもかけない真剣な調子に、
ありがたくご好意に従うことにする。
「そういえば、聞きましたよ」
愛車のインプレッサをガードレールに
引っ掛けたという噂が、
俺の耳まで流れてきていた。
京介さんはブスッとして頷くだけだった。
「初心者マークが無茶な運転
してるからですよ」
バイクの腕には自信があるらしいから、
スピードを出さないと物足りないのだろう。
「でもどうして急に、
車の免許なんか取ったんですか」
バイカーだった京介さんだが、
短期集中コースでいつのまにか
車の免許を取り、
中古のスポーツカーなんかを
ローンで購入していた。
「あいつが、
バイクに乗り始めたのかも知れないな」
不思議な答えが返されてきた。
あいつというのは、
間崎京子のことだろうと察しがついた。
だが、
どういうことだろう。
「双子ってさ、
本人が望もうが望むまいが
お互いがお互いに似てくるし、
それが一生つきまとうだろう。
それが運命ならしかたないけど。
双子でない人間が、
相手に似てくることを怖れたら
どうすると思う」
それは、
間崎京子と京介さんのことらしい。
「昔からなんだ。
あいつが父親をパパなんて呼ぶから、
私はオヤジと呼ぶようになった。
あいつがコカコーラを飲むから、
私はペプシ。
わかってるんだ。
そんな表面的な抵抗、
意味ないと思っていても、
自然と体があいつと違う行動をとる。
違うって、
ホントに姉妹なんていうオチはない。
とにかく嫌なんだよ。
なんていうか、
魂のレベルで。
高校卒業するころ髪を切ったのも、
あいつが伸ばし始めたからだ」
ショートカットの頭に
手のひらを乗せて言った。
「今でもわかる。
なにかをしようとしていても、
その先にあいつがいる時は、
わかるんだ。
離れていても同じ場所が痛むという、
双子の不思議な感覚とは
逆の力みたいだ。
でも逆ってことは、
結局同じってことだろう」
京介さんは独り言のように呟く。
「変な顔で見るな。
おまえだってそうだろう」
指をさされた。
「最近、
態度が横柄になってきたと思ってたら、
そういうことか」
一人で納得している。
どういうことだろう。
「おまえ、
いつから俺なんて言うように
なったんだ」
ドクン、と心臓が大きな音を
立てた気がした。
「あの変態が、
僕なんて言い出したからだろう」
そうだ。
自分では気づいていなかったけれど。
そうなのかも知れない。
「おまえ、
あの変態からは離れた方が
いいんじゃないか」
嫌な汗が出る。
じっと黙って俺の顔を見ている。
「ま、いいけど。
用がないならもう帰れ。
今から風呂に入るんだ」
俺はなんとも言えない気分で、
足取りも重く玄関に向かおうとした。
ふと思いついて、
気になっていたことを口にする。
「どうして『京介』なんていう
ハンドルネームなんですか」
聞くまでもないことかと思っていた。
たぶん、
全然ベクトルが違う名前には
できないのだろう。
京子と京介。
正反対で同じもの。
それを魂が選択してしまうのだ。
ところが京介さんは顔の表情を
ひきつらせてボソボソと言った。
「ファンなんだ」
信じられないことに、
それは照れている顔らしい。
「え?」
と聞き返すと、
「BOφWYの、ファンなんだ」
俺は思わず吹いた。
いや、なにもおかしくはない。
一番自然なハンドルネームの付け方だ。
けれど、
京介さんは顔をひきつらせたまま
付け加える。
「B’zも好きなんだがな。
『稲葉』にしなかったのは・・・
やっぱりノー・フェイトなのかも知れない」
そう呟き、そして帰れと、
俺に手のひらを振るのだった。
この話は夏から秋にかけてのものだ。
そのため、
秋の時点の『俺』に一人称を
統一していたが、
本編の時点ではやはり『僕』と
書くべきだった気がする。
師匠の『僕』も間違い。
(終)
次の話・・・「病院 1/3」