助手席の下から転がり出てきた木彫り人形
これは、人づてに聞いた奇妙な体験話。
体験者の藤原さんは、林道端の一軒家に住んでいた。※名前は仮名
畑で野菜を作ったり工事現場の作業員などもしながら、代々引き継いだ山で70歳くらいまで山仕事を続けていた。
ある日、山でひと仕事を終えて一服している最中に、斜面の下にある作業道の方へ何気なく目をやった。
すると、道端に停めた軽トラックの脇に立っている『人影』が見えた。
距離がありすぎて細かい部分はよくわからないが、サイドウインドウから車内を覗き込んでいるように見える。
イタズラされたら困ると思った藤原さんは、車の方に向かって「おーい!」と大きな声で呼びかけた。
直後、人影は頭の向きを変え、じっとこちらを見ている様子。
藤原さんは再び「俺の車に何か用かー?」と問いかけると、その人影はおもむろに作業道を外れて歩み出し、向こう側の斜面を下って木立の中に消えていった。
数時間後、藤原さんは荷物をまとめて山を下りる際、車に乗り込む前に軽トラックの周りをグルリと回ってみたが、特に異常はなかった。
ウインドウに脂っぽい手形が幾つかあったものの、ドアの鍵は掛かったままで、いじられた形跡はない。
疑念を抱きながら荷台に荷物を放り込むと、鍵を開けて車内へ。
そして、エンジンをかけて作業道を下り始めた。
だが、未舗装の道にガタゴトと揺らされるうちに、助手席のシート下から何かが転がり出てきた。
車を止め、それを拾い上げる。
30センチほどもある『木彫りの人形』のようなものだった。
荒削りで、細工はほとんどなされていなかったが、1箇所だけ、目があるはずの所に小さな×印が2つ刻まれていた。
もちろん、今朝までは車内にそんなものは無かった。
それに、山を下りた時に鍵は掛かっていたし、あの人影が車内に放り込んだとも思えない。
気味が悪いと思った藤原さんは、帰る途中の谷にその人形を放り投げて捨ててしまった。
その日以来、軽トラックに乗っている時に奇妙なことが起こるようになった。
灰皿に枯れ葉や土がぎっしりと詰まっていたり、脂っぽい手形が助手席側のウインドウの内側に付いていたり、雨の日には助手席のシートがじっとりと濡れていたり、車内に置いてあった新聞紙がビリビリに破られて散乱していたり・・・。
車を離れる際はきちんと施錠しているにもかかわらず、異変は続いた。
そんなある日、山仕事の最中に竹の地下茎に足を取られた藤原さんは、転んだ拍子に斜めに切った竹で両眼を突いて失明してしまった。
目が見えなくなった藤原さんは、林道端の家を引き払い、麓の町で息子夫婦と共に暮らすようになった。
林道端の家は今では借り手もつかぬままに廃屋となり、軽トラックも車庫に放置されたままになっている。
幸いにも派手な怪異騒ぎは起きていない。
ただ、一度だけこんなことがあった。
近くの集落に住む小学生が夕暮れ時に廃屋の前を通りがかった際に、一緒に歩いていた父親に「軽トラックの中に人がいるよ」と言った。
怪訝に思った父親が軽トラックの方を見たが、誰も乗っていない。
見間違いだろうと思ったが、子供は「本当にいたよ」と言い張る。
どんな人だったのか聞くと、少し考えた後に「わからない」と返答したが、「でも、真っ白な目でこっちをじっと見ていたよ」と言い足したそうだ。
(終)