天使 2/5

天使

 

「またカラオケ行く?

奢っちゃうよ。

 

ゲーセンは?

 

あ、気になってる喫茶店あるんだけど、

行かない?」

 

周囲にも聞こえる声だった。

 

ひょっとするとヨーコなりに、

 

私をクラスに馴染ませようと

してくれていたのかも知れない。

 

けれど、

他からの参加希望の声はあがらなかった。

 

私はクスッと笑って、

 

「わかったわかった。行こう」

 

と言った。

 

「やった。デートだ」

 

そんなことを言っておどけるヨーコに、

私はたしなめるように問いかける。

 

「それにしても、

よくそんなにしょっちゅう遊びに行けるな。

 

小遣い足りなくなっても貸さないぞ?」

 

「いーじゃない。

お金は若いうちにあるだけ使わないと」

 

ヨーコはからかうように言い返す。

 

よく見ると、

 

彼女は腕時計や靴に、

さりげなくお金をかけている。

 

休日に私服で会うと、

 

なんだか自分の服装がみすぼらしく感じて

気恥ずかしくなる。

 

根掘り葉掘りと聞いたことはないけれど、

きっと親が金持ちなのだろう。

 

私のような庶民とは、

少し感覚がズレているのかも知れない。

 

連れ立って教室を出ようとした時、

背筋に絡みつくような視線を感じた。

 

反射的に振り向くと、

 

二人の女子がビクリと肩を震わせながら

こちらを見ている。

 

またあの二人だった。

 

島崎いずみに高野志穂。

 

強張った表情を浮かべたかと思うと、

二人してくるりと振り返り、

 

教室の後ろのドアから

逃げるように出て行った。

 

「なにあれ、感じ悪い」

 

ヨーコが眉を寄せて言い放つ。

 

確かに感じが悪い。

 

まるで、本当に私を

怖がっているようではないか。

 

さっき聞いたばかりの、

 

私に関する噂を思い出して

気分が悪くなった。

 

島崎いずみが自殺未遂をしたという

ニュースを聞いたのは、

 

それから1週間後だった。

 

あの時、

 

怯えたような目で私を見ていた

二人の女子の名前を、

 

両方ともすっかり忘れてしまっていたので、

 

「そんな子、いたっけ?」

 

というのが第一の感想だった。

 

そう言われてみると、

 

眼鏡の子はここ2~3日、

学校に来ていなかったようだ。

 

なんでも、

 

家が近所だという同じクラスの女子が、

昨日たまたま通りがかった時に、

 

彼女の家の前に止まっている救急車に

気がついたのだという。

 

すでに数人集まっていた近くの主婦たちから

聞くところによると、

 

学校を休んで一人で家にいた島崎いずみが、

風呂場で手首を切ったのだとか。

 

流れ出る血に怖くなって

自分で救急車を呼んだらしく、

 

軽症と言えそうだが、

その後とりあえず入院することになったらしい。

 

そんな話が始業前に、

すでにクラス中に広まっていた。

 

みんな身近で起こった事件に、

 

不謹慎な興味と、

それから僅かな罪悪感を持って噂をし合った。

 

『どうして』

 

という部分には、

 

大なり小なり自分たちも関わっているという

自覚があったに違いない。

 

表立って苛められている

というわけでもなかったが、

 

地味なやつ、つまらないやつ、

というレッテルを貼られた子が、

 

クラスでどういう位置にいたか、

誰だって知っているのだから。

 

かばい合うように

いつも一緒にいた高野志穂は、

 

好奇の目で見られることに

耐えらなくなったのか、

 

それとも友だちの自殺未遂という選択に

ショックを受けたのか、

 

1時間目に青い顔をして、

早退を申し出て許された。

 

重そうな鞄を持って教室を出る

彼女の横顔を見ていた私は、

 

その頬の絆創膏が1週間前から

増えていることに気づいた。

 

こんな不愉快な噂話に乗っかるのは

自分でも嫌だったが、

 

どうしても気になってヨーコに聞いてみた。

 

「ああ、高野さんの絆創膏?

彼女たしかバレー部に入ってるから・・・

 

相当しごかれてるっていうか、

いびられてるらしいよ」

 

そう言うヨーコもニュースがショックだったのか、

いつものハキハキした調子がない。

 

私にしても、

 

まったく身に覚えのない罪悪感が、

ひっそりと肩に乗っているのを感じていた。

 

どうして彼女たちは、

私をそんなに怖がったのだろう。

 

頭の中に真っ黒い雲がかかったようで

気持ちが悪かった。

 

だからだろうか。

 

3時間目の休み時間に、

 

クラス中でひそひそと交わされる噂話に

それとなく耳を傾けていた私は、

 

ある単語に強い関心を惹かれた。

 

「間崎京子」

 

そんな名前が、

飛び交う無数の言葉の中で、

 

明らかな異質さを持って

飛び込んで来たのだ。

 

思わずその話をしていた

グループの所へ行って、

 

詳しい話を聞く。

 

「え?だから、その間崎さんのトコに、

島崎さんが出入りしてたって話。

 

なんでって、よく知らないけど。

 

あの人、なんか占いとかするらしいから、

悩み相談でもしてたんじゃないかな」

 

礼を言って自分の席に戻る。

 

間崎京子。

 

1週間前、

昇降口で私に話しかけてきた女子。

 

あの時の彼女の言葉が、

頭の中でグルグルと回る。

 

「恨みはなるべく買わない方がいい」

 

ひょっとするとあれは、

 

目の前で顔も知らない誰かのラブレターを

乱暴に扱った、

 

私に対する警告ではなかったのかも知れない。

 

彼女は別のなにかを知っていて、

そう言ったのではないだろうか。

 

たまらなくなって席を立ち、

教室を出る。

 

あちらこちらでセーラー服のかたまりが

出来ているざわつく廊下を抜け、

 

間崎京子がいるはずの教室を目指した。

 

教室の前にたどり着くと、

 

ドアは開け放たれていたので

そっと中を覗く。

 

何人かの女子が私に気づいて、

無遠慮な視線を向けてくる。

 

このクラスのことは全く知らないので、

 

間崎京子が普段どのあたりに座っているのか

見当もつかない。

 

しかし、見渡した限りは

どこにもいないようだった。

 

軽い失望を覚えた時、

見知った顔に出くわした。

 

「石川さん」

 

と呼ぶと、

 

向こうでも私と認めたらしく、

笑顔でドアの所までやってきた。

 

「ちひろちゃん、どうしたの」

 

同じ中学だった子だ。

 

それほど親しかったわけでもないけれど、

この際、縁にすがらせてもらおう。

 

「間崎さんはこのクラスだよね」

 

石川さんは一瞬表情を硬くした。

 

そして声を潜めて言う。

 

「そう。だけどさっき早退したよ」

 

肩を叩かれ、

誘導されるままに廊下の隅に身を寄せた。

 

リノリウムの床がキュッキュッと鳴る。

 

「あのさ、

島崎いずみさんのことだよね」

 

驚きながらも頷いた。

 

どうやら噂は、

 

こんな遠くの教室まで

短時間に飛び火していたらしい。

 

石川さんの話によると、

 

島崎いずみは本当に間崎京子の所へ

時々来ていたらしい。

 

そして教室の一番奥の席で、

なにごとか語り合っていたそうだ。

 

間崎京子の所には彼女だけじゃなく、

 

他にも数人の女子がまるで女王を慕うように

出入りしていたとのことだった。

 

「間崎さんってさ、なんていうか、

 

人の心を見透かしてるみたいな、

冷たい目をするのよね。

 

凄い美人だから、

それが余計凄みがあるっていうか。

 

怖いくらい。

 

話してみても、

時々意味わかんないこと言うし。

 

クラスのみんなは、

彼女を警戒して避けてるって感じかな」

 

私の第一印象と同じだ。

 

彼女には気を許せない雰囲気がある。

 

「こないだなんてさ、

 

それこそ島崎さんと二人で

向かい合ってさ。

 

なんか机の上に、

トランプみたいなカードを並べてるの。

 

なんかね、

『土』って字の形に。

 

気持ち悪かった」

 

なんだろう。

 

間崎京子がよくしているという、

占いの一種だろうか。

 

「島崎さんは、

なにをしに来ていたんだろう」

 

石川さんは首を振って、

 

「わかんない」

 

と言った。

 

「ただね、その時、

 

間崎さんがなにかを言って、

島崎さんが泣いてたみたい」

 

そんなことがあったから石川さんは、

 

島崎さんが自殺未遂したという話を聞いて、

間崎京子にカマをかけてみたのだそうだ。

 

「どうして島崎さんが

自殺なんかしたんだろうね。

 

間崎さん知らない?」

 

と。

 

「どう答えたんだ?」

 

知らず知らずに

トーンが高くなってしまう。

 

「それが・・・」

 

石川さんは首を捻りながら、

思い出すように言った。

 

(続く)天使 3/5

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