天使 3/5

天使

 

「たしか、『オリンピック精神ね』

みたいなことを言ってた」

 

オリンピック精神?

とっさに意味が分からない。

 

なるほど。

 

こういう突飛なことを言うから

気味悪がられているのか。

 

ドアの方から「七瀬ぇ~」

という声がして、

 

その呼びかけに応えてから石川さんは、

 

「じゃ、またね」

 

と言って教室に戻っていった。

 

残された私は、

しばらくその場で考え込んでいた。

 

『土』の形に並べられたカード。

 

自殺未遂をした島崎いずみと、

その彼女が慕っていたという間崎京子。

 

そして、

 

『オリンピック精神』

 

という言葉。

 

それぞれのパーツがバラバラに飛び回り、

考えがまとまらない。

 

休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴り、

 

背中を押されるように

自分の教室へ足を向ける。

 

席に戻ると、ヨーコが

 

「どこ行ってたの」

 

と囁いてくる。

 

「ん、ちょっと」

 

と、別に隠す必要もない気がしたが、

なんとなくはぐらかした。

 

自分でも気づかないうちに、

 

この一連の出来事からなにか危険な匂いを

感じ取っていたのかも知れない。

 

「奥!どこ見てる」

 

という教師の声にヨーコは舌を出して、

授業を受ける姿勢に戻った。

 

その現代国語の時間中、

 

私はノートをとることも忘れて

考えていた。

 

占いをするという間崎京子の所へ、

 

クラスで肩身の狭い思いをしていた

島崎いずみが行ってなにをしていたのか。

 

恐らく、

 

自分の立場や居場所に関する

悩み事の相談だろう。

 

そして、

それを受けて間崎京子がしたことは、

 

『土』の形にトランプのようなカードを

並べること・・・

 

トランプではないのだ。

 

トランプのような見た目で、

かつ印刷されている内容が違うもの。

 

そして占いに使うとなれば、

あれしかない。

 

タロットカードだ。

 

そこまで考えて

何故すぐに気づかなかったのかと、

 

自分のバカさ加減を悔やんだ。

 

タロットカードは、

 

質問に対し出たカードのパターンによって

回答をする古典的な占いだ。

 

例外もあるが、

 

大抵は22枚の大アルカナと呼ばれる

カードのみか、

 

もしくは、

 

それに56枚の小アルカナと呼ばれる

カードを加えた78枚のデックで行う。

 

そのデックから質問に対する

回答のためにカードを選ぶ方法だが、

 

これが様々あって、

 

ある意味タロットカードの奥深さを表す

醍醐味と言える。

 

その選び方のことを、

 

カードを並べる展開法、

『スプレッド』と言い、

 

それぞれ並べる枚数も違えば、

並べ方によるカードの意味も違ってくる。

 

そしてそのスプレッドのなかで、

『土』の形と結びつくものがあった。

 

ケルト十字か・・・

 

オーソドックスなスプレッドで、

10枚のカードを並べるのだが、

 

最後まで並べると、

 

『十|』という十字架の右隣に

縦棒を置いたような形になるのだ。

 

ケルト十字

 

それは時計回りに90度倒すと、

そのまま『土』という漢字に見える。

 

私は授業が終わるとすぐに教室を出て、

もう一度間崎京子の教室へ向かった。

 

タロットカードならば、

自分もよく知っている。

 

そこからなにかヒントがつかめる

のではないかと思ったのだ。

 

「石川さん」

 

昼休みのお弁当のために

机を並び替えようとしていた石川さんは、

 

驚いた顔でこちらを見た。

 

それでも迷惑そうなそぶりも見せずに、

仲間たちを置いて教室から出てきてくれた。

 

「タロットカード」

 

という言葉を出しても

ピンとこなかった彼女に、

 

なんとかその時のことを

思い出して欲しい、

 

と畳み掛ける。

 

「え~と、

確か太陽のカードがあったかな。

 

それからあとは、あれ、

剣が刺さって倒れちゃってる人のカード。

 

う~ん、あとは覚えてない。

そんなマジマジ見てたわけじゃないし」

 

剣が刺さった男?!

 

私は息をのんだ。

 

「それ、『土』のどの部分にあった?

それからどっちの方向に向いてた?

 

剣の柄は間崎さんから見て

どっちだった?」

 

石川さんは暫く考えたあと、

 

「確か・・・」

 

と前置きしてから答えた。

 

「端っこだったから、

『土』の最後の止めの部分かな。

 

柄の向きはあんまり自信ないけど、

私の方に向いてたと思うから、

 

間崎さんから見たら、

剣の先が正面になるのかな」

 

石川さんは「それがどうしたの」と、

怪訝そうな顔で私を見つめる。

 

剣が刺さった男は、

小アルカナの剣の10。

 

小アルカナの剣10

 

そして、

 

間崎京子に切っ先が向いていた

ということは『正位置』。

 

最悪のカードだ。

 

個人的には、『塔』の正位置よりも

不吉な感じのするカードだった。

 

そして、『土』の止めの部分ということは、

ケルト十字における『最終結果』を表すカード。

 

私は心臓が高鳴り始めたのを感じていた。

 

剣の10が暗示するものは、

 

『破滅』

『決定的な敗北』

『希望の喪失』

『さらなる苦しみ』

・・・

 

間崎京子はその最終結果を、

島崎いずみに飾ることなく告げたのだろう。

 

そして彼女は泣いた。

 

悩み事に対する答えとして、

この仕打ちはあんまりだった。

 

それが良いとこ取りばかりをしない、

占いのあるべき姿だとしても。

 

ましてそれが、

島崎いずみ自身の運命だったとしても。

 

私は誰に向けるべきなのかもわからない

波立つような怒りが、

 

身の内に湧いて来るのを感じていた。

 

私の様子を不審げに見ていた石川さんが、

 

「もう教室に戻るけど」

 

と言うのを制して、

 

「これが最後だから」と、

『太陽』のカードの位置を聞いた。

 

太陽のカード

 

「確か、真ん中のへん。

ごめん、ホント忘れた。

 

え?向き?

太陽に向きなんてあるの?」

 

聞き出せたのはそこまでだった。

 

礼を言って、

教室の前から立ち去る。

 

彼女はきっとこれから、

 

昼ごはんを一緒に食べる仲間たちと

私の噂話をするのだろう。

 

なんか、気持ち悪いよね。

 

占いとかしてる人って。

 

石川さんも占いばかりしていた

中学時代の私に、

 

後ろ指をさしていた一人だったはずだ。

 

胸の中に渦巻く怒りと微かな棘の痛みが

私の心を揺さぶり、

 

平常な精神でいられなくした。

 

私は教室に戻らず、

昼ごはんも食べないまま、

 

校舎裏の秘密の場所で

時間が過ぎるのを待った。

 

結局数行読んだだけで捨てた

あのラブレターには、

 

校内で見かけたという、

私の容姿のことばかり並んでいた。

 

差出人も、

 

こんな私の本性を知れば、

出すのを止めただろうか。

 

煙草の吸殻が何本足元に落ちても、

誰も来なかった。

 

風が遠くの喧騒を運んで来る。

 

少しずつ身体の中に硬い殻が

形成されるようなイメージ。

 

誰も傷つけない。

 

誰からも傷つけられない。

 

空は高かったけれど、

まがい物のような青だった。

 

4日後。

 

あの日に早退して以来、

 

休んでいた高野志穂が

ようやく登校してきた。

 

青白い顔をして緊張気味に

唇を固く引き結んだまま、

 

誰とも挨拶を交わそうとしない。

 

気がついていなかっただけで、

 

あるいは彼女はいつも

そうだったのかも知れない。

 

周りのクラスメートたちは遠巻きに、

そして腫れ物に触るように接していた。

 

彼女たちにとって

島崎いずみと高野志穂は、

 

区別のない同じ存在なのだろう。

 

島崎いずみはまだ学校に来ない。

 

退院したという噂は聞いたが、

今も家に閉じこもっているのだろうか。

 

学校はまったく自殺未遂のことに

触れようとしない。

 

私たちがしている噂話を、

漏れ聞いていないはずはないのに。

 

あるいは、

 

学校との関わりが確認されない限り、

無視を決め込んでいるのかも知れない。

 

けれど私は、

どうしてもこのままにはしておけなかった。

 

高野志穂に話しかけたくて、

うずうずしていた。

 

その気持ちを見透かされたのか、

ヨーコが眉を寄せて私を見る。

 

「ちょっと、ちひろ。

 

なんか嗅ぎまわってるみたいだけど、

やめときなよ。

 

こんなことに関わらない方がいいよ」

 

面と向かってそう言われると、

確かにそうだという良識が私の中で頷く。

 

この数日で、

かなりのことが分かっていた。

 

同じ中学で二人とも、

苛めを受けていたこと。

 

そして今の学校での、

そしてクラスでの立場。

 

これ以上、

何を知っても不快なだけだ。

 

私自身クラスで浮いている身であり、

その私がなにか出来ることなどないし、

 

なにより面倒くさい、

どうでもいいという、

 

投げやりな気持ちの方が強かった。

 

休み時間にも、

 

俯いて机の上に広げたノートを

じっと見ている高野志穂の姿に、

 

好奇心以外の気持ちが湧かない

自分に気づく。

 

彼女はしきりに顔の絆創膏を

気にして触っている。

 

このあいだより、

また増えていた。

 

その様子を見ていて、

 

オリンピック精神という言葉が

一瞬頭をよぎる。

 

これだけは意味が分からない。

 

この一連の出来事に、

そぐわない響きだ。

 

間崎京子は一体なにを思って

そんなことを言ったのか。

 

(続く)天使 4/5

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