私の人生を変えた一匹の猫
これは、私の人生を変えた一匹の猫との話。
夫の単身赴任で一人暮らしだった頃、近所の外飼い猫(オス)に異様に懐かれた。
高価そうな首輪をした子猫だったが、エサもやらない我が家に毎夜のように来ては爆睡していった。
そんなある冬、泊まりがけの出張中に予想外の大雪に見舞われた。
私はとにかく猫が心配で、大急ぎで家を目指した。
私の人生を変えてくれた
家に着いたのは薄暮れ時で、ドアノブは氷のように冷たい。
向こうに待つのは誰も居ない暗い部屋。
「猫は???」と見回したら、早くも「にゃ」と後ろで待っていた。
地面の雪には一直線の足跡。
撫でようと伸ばす手を待ちきれないかのように、猫は目一杯伸び上がって手のひらに頭をゴッチンスリスリする。
不意に幼児の姿が浮かんだ。
「おかーさん帰ってきた」と、繋いだ温かい手を嬉しくてブンブンする幼児。
「子供、いいかもなぁ」
何かがフッと灯ったように感じた。
子供は作らないと決めた夫婦だったのだが、夫に「子供をもってみない?」と相談してみた。
そこから亀裂は始まった。
夫は、「契約違反だ!そんな人間は信用できない」と。
休まず働き続けて、家に収入を入れる条件だったと。
結果、私は件の猫を連れて家を出ることになった。
猫も成猫となって、飼い主の引越しに置き去りにされたのだ。
一人と一匹の暮らしはうっすら温かで、この大柄な猫はとても賢く優しく、決して私に怪我をさせなかった。
しかし、外飼い時代に猫白血病と猫エイズに感染しており、そう長くは生きなかった。
猫を送った頃には、私もさらに年齢を重ねていた。
「ああ、また一人だ。これからも、多分」
そう思った。
薄暮れの道を一人で歩いていくのだ、と。
その頃、動物好きな今の夫と出会った。
そして、望外の妊娠。
※望外(ぼうがい)
望んでいた以上によい結果であること。
夫は、「おお、生き物が増える!」と素朴に喜んだ。
無事に息子が生まれ、夫が付けた名前は先の猫の名とよく似ていた。
例えるなら、猫は『タマ』、息子は『タクマ』のような。
夫は猫の名前までは知らず、「画数で」と言ったが。
タクマはもう幼稚園児になった。
お迎えに行くと、「おかーさん」と大きな体で腕にぶら下がってくる。
先生によると、タクマはお友達にも決して乱暴せず、誰かが泣いているとそっと付いててあげるそうだ。
タクマがタマの生まれ変わりというのは無理があるし、そうすると不思議な話でも何でもないのだが、薄暮れの道に「にゃ」と現れた温いものが私の人生を変えた。
(終)
契約違反ってどういうことなんですかねぇ?